るかい!」
父は、心の中《うち》の苦悶を、此の来客に依つて、少しは紛ぎらされたやうに、淋しい微笑を、浮べながら応接室へ入つて行つた。
「お蔭さまで此の頃は、何うにかかうにか、一本立で食つて行けるやうになりました。もう、二年お待ち下さい! その中《うち》には、閣下への御恩報じも、万分の一の御恩報じも、出来るやうな自信もありますから。」
さう云ひながら、得意らしく哄笑した。此の場合の父には、さうした相手のお世辞さへ嬉しかつた。
「さうかい! それは、結構だな、俺は、相変らず貧乏でなう。年頃になつた娘にさへ、いろ/\の苦労をかけてゐる始末でなう。」
父はさう云ひながら、茶を運んで行つた瑠璃子の方を、詫びるやうに見た。
「いや、今に閣下にも、御運が向いて来る時代が参りますよ。此の頃ポツ/\新聞などに噂が出ますやうに、若し××会中心の貴族院内閣でもが、出来るやうな事がありましたら、閣下などは、誰を差し措いても、第一番の入閣候補者ですから、本当に、今暫くの御辛抱です。三十年近い間の、閣下の御清節が、報はれないで了ると云ふことは、余りに不当なことですから。……いやどうも、閣下のお顔を見ると、思
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