、偶然だと云へばそれまでだが、僕は死んだと聞いたとき、直ぐ自殺ぢやないかと思つたよ。」と、一番肥つてゐる男が云つた。
「僕もさうだよ。青木の奴、やつたな! と思つたよ。」と、他の背の高い男は直ぐ賛成した。
四
「僕の所へ三保から寄越した手紙なんか、全く変だつたよ。」と、たゞ一人夏外套を着てゐる男が云つた。
信一郎は、さうした学生の会話に、好奇心を唆られて、思はず間近く接近した。
「兎に角、ヒドく悄気《しよげ》てゐたことは、事実なんだ。誰かに、失恋したのかも知れない。が、彼奴の事だから誰にも打ち明けないし、相手の見当は、サツパリ付かないね。」と、肥つた男が云つた。
さう聞いて見ると、信一郎は、自動車に同乗したときの、青年の態度を直ぐ思ひ出した。その悲しみに閉された面影がアリ/\と頭に浮んだ。
「相手つて、まさか我々の荘田《しやうだ》夫人ぢやあるまいね。」と、一人が云ふと、皆高々と笑つた。
「まさか。まさか。」と皆は口々に打ち消した。
其処は、もう三丁目の停留場だつた。四人連の内の三人は、其処に停車してゐる電車に、無理に押し入るやうにして乗つた。たゞ、後に残つた一人|丈《だけ》、眼鏡をかけた、皆の話を黙つて聴いてゐた一人だけ、友達と別れて、電車の線路に沿うて、青山一丁目の方へ歩き出した。信一郎は、その男の後を追つた。相手が、一人の方が、話しかけることが、容易であると思つたからである。
半町ばかり、付いて歩いたが、何《ど》うしても話しかけられなかつた。突然、話しかけることが、不自然で突飛であるやうに思はれた。彼は、幾度も中止しようとした。が、此機会を失しては、時計を返すべき緒《いとぐち》が、永久に見付け得られないやうにも思つた。信一郎は到頭思ひ切つた。先方が、一寸振り返るやうにしたのを機会に、つか/\と傍へ歩き寄つたのである。
「失礼ですが、貴君《あなた》も青木さんのお葬ひに?」
「さうです。」先方は突然な問を、意外に思つたらしかつたが、不愉快な容子は、見せなかつた。
「やつぱりお友達でいらつしやいますか。」信一郎はやゝ安心して訊いた。
「さうです。ずつと、小さい時からの友達です。小学時代からの竹馬の友です。」
「なるほど。それぢや、嘸《さぞ》お力落しでしたらう。」と云つてから、信一郎は少し躊躇してゐたが、「つかぬ事を、承はるやうですが、今|貴君《あなた》方と話してゐた婦人の方ですね。」と云ふと、青年は直ぐ訊き返した。
「あの自動車で、帰つた人ですか。あの人が何うかしたのですか。」
信一郎は少しドギマギした。が、彼は訊き続けた。
「いや、何《ど》うもしないのですが、あの方は何と仰《おつ》しやる方でせう。」
学生は、一寸信一郎を憫れむやうな微笑を浮べた。ホンの瞬間だつたけれども、それは知るべきものを知つてゐない者に見せる憫れみの微笑だつた。
「あれが、有名な荘田夫人ですよ。御存じなかつたのですか。曾《かつ》て司法大臣をした事のある唐沢男爵の娘ですよ。唐沢さんと云へば、青木君のお父様と、同じ団体に属してゐる貴族院の老政治家ですよ。お父様同士の関係で、青木君とは近しかつたんです。」
さう云はれて見ると、信一郎も、荘田夫人なるものゝ写真や消息を婦人雑誌や新聞の婦人欄で幾度も見たことを思ひ出した。が、それに対して、何の注意も払つてゐなかつたので、その名前は何うしても想ひ浮ばなかつた。が、此の場合名前まで訊くことが、可なり変に思はれたが、信一郎は思ひ切つて訊ねた。
「お名前は、確か何とか云はれたですね。」
「瑠璃子ですよ、我々は、玉桂《たまかつら》の瑠璃子夫人と云つてゐますよ。ハヽヽヽ。」と、学生は事もなげに答へた。
五
葬場に於ける遅参者が、信一郎の直覚してゐた通《とほり》、瑠璃子と呼ばるゝ女性であることが、此大学生に依つて確められると、彼はその女性に就いて、もつといろ/\な事が知りたくなつた。
「それぢや、青木君とあの瑠璃子夫人とは、さう大したお交際《つきあひ》でもなかつたのですね。」
「いやそんな事もありませんよ。此半年ばかりは、可なり親しくしてゐたやうです。尤もあの奥さんは、大変お交際《つきあひ》の広い方で、僕なども、青木君同様可なり親しく、交際してゐる方です。」
大学生は、美貌の貴婦人を、知己の中に数へ得ることが、可なり得意らしく、誇らしげにさう答へた。
「ぢや、可なり自由な御家庭ですね。」
「自由ですとも、夫の勝平氏を失つてからは、思ふまゝに、自由に振舞つてをられるのです。」
「あ! ぢや、あの方は未亡人ですか。」信一郎は、可なり意外に思ひながら訊いた。
「さうです。結婚してから半年か其処らで、夫に死に別れたのです。それに続いて、先妻のお子さんの長男が気が狂つたのです。今では
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