「お母様! お母様!」
美奈子は、つゞけ様《さま》に、縋り付くやうな悲鳴を揚げた。
母の答はなかつた。
低い、しぼり出るやうな悲鳴が、物凄く闇の中に起つてゐるだけだつた。
「あ! お母様!」
美奈子は、堪らなくなつて、寝台から転び落ちた。
母の寝台は、二尺とは離れてゐなかつた。彼女が、顫へる手を、寝台の一端にかけたとき、生あたたかい液体が、彼女の手にベツトリと、触れた。
「お母様!」彼女の声は、わな/\と顫へてゐた。
彼女の手は、母の胸に触れた。母の華奢な肉体が、手の下でかすかにうごめいた。
「お母様! お母様! 何う遊ばしたのです。」彼女は、懸命の声を揚げた。
低い呻き声が、しばらく続いてゐた。
「お母様! お母様! 気を確《たしか》になさいませ。」美奈子は、狂つたやうに叫んだ。
母は、烈しい苦悩の下から、しぼり出すやうに答へた。
「燈火《あかり》を! 燈火を!」
傷《きずつ》ける者、死なんとする者が、第一に求めるものは光明だつた。
美奈子は立上つて電燈を探し求めた。狼狽《あわて》てゐる故《せゐ》か、電燈がなか/\手に触れなかつた。
が、やうやくスヰッチを捻つたとき、明るい光は、痛ましい光景を、マザ/\と照し出した。母の白い寝衣《ねまき》、白いシーツ、白い毛布に、夜目には赤黒く見える血潮が、ベタ/\と一面に浸んでゐる。
「あつ?」
美奈子は、一眼見ると床の上に、よろめきながら打ち倒れた。が、母を気遣ふ心が、直ぐ彼女を起ち上らせた。
「お母様! しつかりなさいませ!」
彼女は、さう叫びながら、母に縋り付いた。致命の傷を負ひながら、彼女は少しも取り乱した様子はなかつた。右の脇腹の傷口を、両手でぢつと押へながら、全身を掻きむしるほどの苦痛を、その利かぬ気で、その凜々しい気性で、ぢつと堪《こら》へてゐるのだつた。
彼女のかよわい肉体の血は、彼女が抑へてゐる両手の間から、惜しげもなく流れ出してゐるのだつた。
美奈子も一生懸命だつた。自分の寝台のシーツを取ると、それを小さく引き裂いて、母の傷口を幾重にも幾重にもくゝつた。
「お母様! 気を確《たしか》になさいませ。直ぐ医者を呼びますから。」
彼女は、母の耳元に口を寄せて、必死に呼んだ。それが、耳に入つたのだらう、母は、かすかに頭を動かした。大理石のやうに、光沢のあつた白い頬は、蒼ざめて、美しい
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