き返してやらうと思つたのです。それを返しながら、お兄さんの怨みを、知らせてやらうと思つたのです。ところが、残念にも、私はそれを、手もなく捲き上げられてしまつたのです。あの方は、妖婦です。僕達には、とても真面《まとも》に太刀打は出来ない人です。」
「妖婦! 妖婦!」
青年は狂つたやうに、口走つた。
「いや、その点で私はお兄《あにい》さんの、委託に背いてしまつたのです。取返しの付かないことをしてしまつたのです。が、その代り、私は貴君を何《ど》うかして、救ひたいと思つたのです。お兄《あにい》さんに対する僕の責任として、貴君が同じ過ちを犯すのを、何《ど》うかして救ひたいと思つたのです。私は、そのために、あの方に頼んだのです。青木君に対する貴女《あなた》の後悔として、青木君の弟|丈《だけ》は弄んで呉れるな。弟さん丈《だけ》は何《ど》うか、誘惑して呉れるな。私は、さう云つて事を別けて頼んだのです。それだのに、彼女はそれを冷然と跳付《はねつ》けたのです。いや、跳付けたばかりではありません。私のさうした依頼を嘲るやうに、いやそれに対する意地のやうに、わざと貴君を一緒に連れて来てゐるのです。」
六
青年の面《おもて》が、火のやうな激憤で、埋まるのを見ると、紳士はそれを宥めるやうに云つた。
「いや、貴君がお怒りになり、お駭きになるのも尤もです。が、あゝした人には、近よらないのが万全の策です。貴君が怒つて先方にぶつかつて行くと、いよ/\相手の術策に陥つてしまふのです。あの方の張つてゐる蜘蛛の網の中で手も足も出なくなつてしまふのです。たゞ、一刻も早く茲《こゝ》を去られるのが得策です。いや、茲《こゝ》ばかりではありません。夫人の周囲から[#「周囲から」は底本では「周圍から」]、絶対に去られるのが得策です。触らぬ神に祟りなしと云ふ言葉があります。まして、相手は特別、恐ろしい女神ですから。はゝゝゝゝゝゝ。」
紳士は軽く笑つた、話が、余り緊張して来たのを、わざと緩めようとして。
「然し、兎に角私としては、これでお兄《あにい》さんに対する責任を少しは尽したやうに思ふのです。さう云ふ意味で、貴君が僕の云ふことを、よく聴いて下さつたのを有難く思ふのです。いや、私が一歩遅かつたら、貴君もどんな目に逢つてゐるかも知れなかつたのです。」
紳士は、自分の忠告が間に合つたことを、欣ぶや
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