るごとく美奈子の耳――その話声を、毒のやうに嫌つてゐる美奈子の耳に、ハツキリと聞えて来た。
「稔さん! 一体何なの? 改まつて、話したいことがあるなんて、妾《わたし》をわざ/\こんな暗い処へ連れて来て?」
さう言つてゐる母の言葉や、アクセントは、平生の母とは思へないほど、下卑てゐて娼婦か何かのやうに艶《なまめ》かしかつた。而も、美奈子のゐるところでは、一度も呼んだことのない青年の名を、馴々しく呼んでゐるのだつた。かうした母の言葉を聞いたとき、美奈子の心は、止《とゞ》めの一太刀を受けたと云つてもよかつた。今まで、あんなに信頼してゐた母にまで裏切られた寂しさと不快とが、彼女の心を滅茶々々に引き裂いた。
瑠璃子に、さう言はれても、青年は却々《なか/\》話し出さうとはしなかつた。沈黙が、二三分間彼等の間に在つた。
母は、もどかしげに青年を促した。
「早く、おつしやいよ! 何をそんなに考へていらつしやるの。早く帰らないといけませんわ。美奈子が、淋しがつてゐるのですもの。歩きながらでは、話せないなんて、一体どんな話なの! 早く言つて御覧なさい! まあ、自烈《じれ》つたい人ですこと。」
美奈子は、自分の名を呼ばれて、ヒヤリとした。それと同時に、母の言葉が、蓮葉《はすは》に乱暴なのを聴いて、益々心が暗くなつた。
青年は、それでも却々話し出さうとはしなかつた。が、母の気持が可なり浮いてゐるのにも拘はらず、青年が一生懸命であることが、美奈子にも、それとなく感ぜられた。
「さあ! 早くおつしやいよ。一体何の話なの?」
母は、子供をでも、すかす[#「すかす」に傍点]やうに、なまめいた口調で、三度催促した。
「ぢや、申上げますが、いつものやうに、はぐらか[#「はぐらか」に傍点]して下さつては困りますよ。僕は真面目で申しあげるのです。」
青年の口調は、可なり重々しい口調だつた。一生懸命な態度が、美奈子にさへ、アリ/\と感ぜられた。
「まあ! 憎らしい。妾《わたし》が、何時|貴君《あなた》を、はぐらか[#「はぐらか」に傍点]したのです。厭な稔さんだこと。何時だつて、貴方《あなた》のおつしやることは、真面目で聴いてゐるではありませんか。」
さう言つてゐる母の言葉に、娼婦のやうな技巧があることが、美奈子にも感ぜられた。
「貴女《あなた》は、何時もさうなのです。貴女は、何時も僕にさうし
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