ら、突然散歩に誘はれたのであるから、彼女が駭《おどろ》きの目を刮つたまゝ、わく/\する胸を抑へたまゝ、何とも返事が出来なかつたのも、無理ではなかつた。
青年は、美奈子の返事が遅いのを、彼女が内心当惑してゐる為だと思つたのであらう。彼は、自分の突然な申出の無躾さを恥ぢるやうに云つた。
「いらつしやいませんですか。ぢや、僕一人行つて来ますから。僕は、日の暮方には、どうも室の中にぢつとしてゐられないのです。」
青年は、弁解のやうに、さう云ひながら室を出て行かうとした。
美奈子は、胸の内で、青年の勧誘に、どれほど心を躍らしたか分らなかつた。青年とたつた二人切りで、散歩すると云ふことが、彼女にとつてどんな駭きであり欣びであつただらう。彼女は、駭きの余りに、青年の初めの勧誘に、つい返事をし損じたのであつた。彼女は、どんなに青年が、もう一度勧めて呉れるのを待つたであらう。もう一度、勧めてさへ呉れゝば、美奈子は心も空に、青年の後から従《つ》いて行くのであつたのだ。
が、青年には美奈子の心は、分らなかつた。彼には、美奈子が返事をしないのが、処女らしい恥しさと後退《しりごみ》のためだとより、思はれなかつた。彼は、最初から誘はなければよかつたと思ひながら、一寸気まづい思ひで、部屋を出た。
青年が、部屋を出る後姿を見ると、美奈子は取返しの付かないことをしたやうに思つた。もう再びとは、得がたい黄金の如き機会を、永久に失ふやうな心持がした。その上、青年の勧めに、返事さへしなかつたことが、彼女の心を咎め初めた。それに依つて、相手の心を少しでも傷けはしなかつたかと思ふと、彼女は立つても坐つても、ゐられないやうな心持がし初めた。
一二分、考へた末、彼女は到頭堪らなくなつて部屋を出た。長い廊下を急ぎ足に馳けすぎた。ホテルの玄関で、草履を穿くと、夏の宵闇の戸外へ、走り出でた。
玄関前の広場にある噴水のほとりを、透して見たけれども、その人らしい影は見えなかつた。彼女は、到頭宮の下の通《とほり》に出た。
青年の行く道は、分つてゐた。彼女は、胸を躍らしながら、底倉の方へと急いだ。
温泉町《いでゆまち》の夏の夕は、可なり人通が多かつた。その人かと思つて近づいて行くと、見知らない若い人であつたりした。
が、美奈子が宮の下の賑やかな通《とほり》を出はづれて、段々淋しい崖上の道へ来かゝつたとき、丁
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