らない。此間の新聞に、日本には始めての登山電車で瑞西《スヰツル》の登山鉄道に乗つてゐるやうな感じがするとか云つて、出てゐましたのよ。」
 美奈子には、優しい母だつた。
「さうですね。でも、荷物なんかが邪魔ぢやない?」
「荷物は、このまま自動車で届けさへすればいいわ。特等室へ乗れば自動車よりも、楽だと思ひますわ。」
「さうね。ぢや、乗り換へて見ませうか。青木さんは、無論御賛成でせうね。」
 瑠璃子は、青年の顔を見て、皮肉に笑つた。青年は、黙つて苦笑した。が、チラリと美奈子の顔を見た眼には美奈子の少女らしい優しい好意に対する感謝の情が、歴々《あり/\》と動いてゐた。

        二

 富士屋ホテルの華麗な家庭部屋の一つの裡で、美奈子達の避暑地生活は始まつた。
『暮したし木賀《きが》底倉《そこくら》に夏三月』それは昔の人々の、夏の箱根に対する憧憬《あこがれ》であつた。関所は廃れ、街道には草蒸し、交通の要衝としての箱根には、昔の面影はなかつたけれども、温泉《いでゆ》は滾々《こん/\》として湧いて尽きなかつた。青葉に掩はれた谿壑《けいがく》から吹き起る涼風は、昔ながらに水の如き冷たさを帯びてゐた。
 殊に、美奈子達の占めた一室は、ホテルの建物の右の翼の端《はづれ》にあつた。開け放たれた窓には、早川の対岸明神岳明星岳の翠微が、手に取るごとく迫つてゐた。東方、早川の谿谷が、群峰の間にたゞ一筋、開かれてゐる末《すゑ》遥《はるか》に、地平線に雲のゐぬ晴れた日の折節には、いぶした銀の如く、ほのかに、雲とも付かず空とも付かず、光つてゐる相模灘が見えた。
 設備の整つたホテル生活に、女中達が不用なため、東京へ帰してからは、美奈子達三人の生活は、もつと密接になつた。
 美奈子は、最初青年に対して、口も碌々利けなかつた。たゞ、折々母を介して簡単な二言三言を交へる丈《だけ》だつた。
 母が青年と話してゐるときには、よく自分一人その場を外して、縁側《ヴェランダ》に出て、其処にある籐椅子に何時までも何時までも、坐つてゐることが、多かつた。
 又何かの拍子で、青年とたゞ二人、部屋の中に取り残されると、美奈子はまた、ぢつとしてゐることが出来なかつた。青年の存在が、息苦しいほどに、身体全体に感ぜられた。
 さうした折にも、美奈子は、やつぱりそつと部屋を外して、縁側《ヴェランダ》に出るのが常だつた。
前へ 次へ
全313ページ中250ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング