動車に乗らないなんて。」
夫人は、子供の臆病をでも叱するやうに云つた。
「でも、奥さん。」青年は、可なり懸命になつて云つた。「兄が、やつぱり此の国府津から自動車に乗つてやられたのでせう。それからまだ一月も経つてゐないのです。殊に、今度箱根へ行くと云ふと、父と母とが可なり止めるのです。で、やつと、説破《せつぱ》して、自動車には乗らないと云ふ条件で、許しが出たのです。だから、奥さんにも、自動車には乗らないと云つてあれほど申上げて置いたぢやありませんか。」
「お父様やお母様が、さうした御心配をなさるのは、尤《もつとも》と思ひますわ。でも貴君迄が、それに[#「それに」は底本では「それ」]感化《かぶ》れると云ふことはないぢやありませんか。縁起などと、云ふ言葉は、現代人の辞書にはない字ですわね。」
「でも、奥さん! 肉親の者が、命を殞《おと》した殆ど同じ自動車に、まだ一月も経つか経たないかに乗ると云ふことは、縁起だとか何とか云ふ問題以上ですね。貴女だつて、もし近しい方が、自動車であゝした奇禍にお逢ひになると、屹度《きつと》自動車がお嫌ひになりますよ。」
「さうかしら。妾《わたし》は、さうは思ひませんわ。だつてお兄さんだつて妾《わたし》には可なり近しい方だつたのですもの。」
さう云つて夫人は淋しく笑つた。
「でも、いゝぢやありませんか。妾《わたし》と一緒ですもの。それでもお嫌ですか。」
さう云つて、嫣然《えんぜん》と笑ひながら、青年の顔を覗き込む瑠璃子夫人の顔には、女王のやうな威厳と娼婦のやうな媚《こび》とが、二つながら交つてゐた。
瑠璃子の前には、小姓か[#「小姓か」は底本では「小姓が」]何かのやうに、力のないらしい青年は、極度の当惑に口を噤んだまま、その秀でた眉を、ふかく顰めてゐた。背丈こそ高く、容子こそ大人びてゐるが、名門に育つた此の青年が対人的にはホンの子供であることが、瑠璃子にも、マザ/\と分つた。
ある三角関係
一
その裡に、美奈子達の一行は改札口を出てゐた。駅前の広場には、赤帽が命じたらしい自動車が二台、美奈子達の一行を待つてゐた。
青年は、瑠璃子夫人の力に、グイ/\引きずられながらも、自動車に乗ることは、可なり気が進んでゐないらしかつた。
彼は哀願するやうに、オヅ/\と夫人に云つた。
「何うです? 奥さん。僕お願ひなのですが
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