ころが、奥さん。その真白草花と云ふのが、案外にも青木|弟《ジュニヨル》だつたりするのぢやありませんか。」
 小山と呼ばれた外交官らしい紳士が、突込んだ。
「まあ! 執念深い! 発車するまでに、青木さんが、お見えになつたら、その償《つぐなひ》として、皆さんを箱根へ御招待しますわ。御覧なさい、もう切符を切りかけたのに、青木さんはお見えにならないぢやありませんか。」
 夫人はさう言ひながら、美奈子達を促して改札口の方へ進んだ。若い紳士達は、蟻の甘きに従くやうに、夫人の後から、ゾロ/\と続いた。
 夫人が、汽車に乗つた後も、青木と呼ばれる青年は姿を現さなかつた。若い男達は、やつと夫人の言葉を信じ初めた。
「向うから、お呼び寄せになるか何《ど》うかは別として、今日同行なさらないこと丈《だけ》は、信じましたよ。はゝゝゝゝ。」
 小山と云ふ男が、発車間際になつて、さう言つた。
「まだそんな負惜しみを、言つていらつしやるの!」
 夫人は、さう言ひながら、嫣然《につこり》と笑つて見せた。
 美奈子は、何が何だつたか、判らなくなつた。母の自動車の中の言葉では、青木と云ふ青年が――墓地で逢つた彼の人に相違ない青年が――東京駅で待つてゐるやうだつた。而も母は、今そのことをきつぱり打ち消してゐる。
 美奈子は安心したやうな、而も失望したやうな妙な心持の混乱に悩んでゐた。
 汽車が出るまで、到頭青木は姿を、見せなかつた。

        四

 汽車が動き初めても、青木の姿は、到頭見えなかつた。
「それ御覧なさい! 疑ひはお晴れになつたでせう!」
 夫人は、車窓から、その繊細な上半身を現しながら、見送つてゐる人達に、さうした捨台辞《すてぜりふ》を投げた。
 男性達が、銘々いろ/\な別辞を返してゐる裡に、汽車は見る/\駅頭を離れてしまつた。
「まあ! うるさいたらありはしないわ。こんな小旅行《トリップ》の出発を、わざ/\見送つて呉れたりなどして。」
 夫人は美奈子に対する言ひ訳のやうに呟きながら席に着いた。
 母を囲む男性達が、青木の同行を気にかけてゐる以上に、もつと気にかけてゐたのは美奈子だつた。その人と一緒に汽車に乗つたり、一緒に宿屋に宿つたり、同じ食卓に着いたりすることを考へると、彼女の小さい心は、戦いてゐたと云つてもよかつた。それは恐ろしいことであり、同時に、限りなき歓喜でもあつたのだ
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