に黒のアルパカの上着を着て、ボヘミアンネクタイをした、画家らしい男が、さう附け加へた。
「おや! おや! 誰が内通したのかしら?」
 夫人は、当惑したらしい、その実は少しも当惑しないらしい表情でさう答へた。
 若い男性に囲まれながら、彼等を軽く扱《あし》らつてゐる夫人の今日の姿は、又なく鮮かだつた。青磁色の洋装が、そのスラリとした長身に、ピツタリ合つてゐた。極楽鳥の翼で飾つた帽子が、その漆のやうに匂ふ黒髪を掩うてゐた。大粒の真珠の頸飾りが、彼女自身の象徴《シンボル》のやうに、その白い滑らかな豊かな胸に、垂れ下つてゐた。
 平素《いつも》見馴れてゐる美奈子にさへ、今日の母の姿は一段と美しく見えた。駅の広間《ホール》に渦巻いてゐる群衆の眼も、一度は必ず夫人の上に注がれて、彼等が切符を買つたり手荷物を預けたりする忙がしい手を緩めさせた。
 美奈子は、母を囲む若い男性を避けて、一間ばかりも離れて立つてゐた。彼女は、最初その男達の間に、あの青年のゐないのを知つた。一寸期待が外《はづ》れたやうな、安心したやうな気持になつてゐた。その内に、母を見送りの男性は、一人増え二人加つた。が、かの青年は何時まで待つても見えなかつた。その男性達は、美奈子の方には、殆ど注意を向けなかつた。たゞ美奈子の顔を、外《よそ》ながら知つてゐる二三人が軽く会釈した丈《だけ》だつた。
「奥さん! まだ判つてゐることがあるのですがね。」
 暫くしてから、紺の背広を着た会社員らしい男が、おづ/\さう云つた。
「何です? 仰しやつて御覧なさい。」
 夫人は、微笑しながら、しかも言葉|丈《だけ》は、命令するやうに云つた。
「云つても介意《かま》ひませんか。」
「介意ひませんとも。」
 夫人は、ニコ/\と絶えず、微笑を絶たなかつた。
「ぢや申上げますがね。」彼は、夫人の顔色を窺ひながら云つた。「青木君を、お連れになると云ふぢやありませんか。」
 それに附け加へて、皆は口を揃へるやうに云つた。
「何です、奥さん。当つたでせう。」
 皆の顔には、六分の冗談と四分の嫉妬が混じつてゐた。
「奥さん、いけませんね。貴女は、皆に機会均等だと云ひながら、青木君兄弟にばかり、いやに好意を持ち過ぎますね。」
 小山と云ふ外交官らしい男が、冗談半分に抗議を云つた。
 美奈子は、母が何と答へるか、ぢつと聞耳を立てゝゐた。

       
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