も、美奈子は何時になく幾度も幾度も弾き違へた。
「美奈さんは、今日は何《ど》うかしてゐるぢやないの?」と、母から心の裡の動揺を、見透されると、美奈子の心は、愈々掻き擾《みだ》されて、到頭中途で合奏を止めてしまつた。
午後になるのを待ち兼ねたやうに、美奈子はお墓詣りに行くための許しを、母に乞うた。何時もはあんなに気軽に、口に出せることが、今日は何だか、云ひにくかつた。
墓地は、何時ものやうに静かだつた。時候がもうスツカリ夏になつた為か、此の前来たときのやうに、お墓詣りの人達は多くはなかつた。が、周囲は、静寂であるのにも拘はらず、墓地に一歩踏み入れると同時に、美奈子の心は、ときめいた。何だか、そは/\として、足が地に付かなかつた。恐いやうな怖ろしいやうな、それでゐて浮き立つやうな唆られるやうな心地がした。
父母のお墓の前に、ぢつと蹲まつたけれども、心持はいつものやうに、しんみり[#「しんみり」に傍点]とはしなかつた。こんな心持で、お墓に向つてはならないと、心で咎めながらも、妙に心が落着かなかつた。
彼女は、平素《いつも》とは違つて、何かに周章《あわて》たやうに、父母の墓前から立ち上つた。
「すみ[#「すみ」に傍点]や、今日も霞町の方へ出て見ない!」
美奈子は、一寸顔を赤めながら何気ないやうに女中に云つた。女中は黙つて従《つ》いて来た。
美奈子の心は、一歩毎にその動揺を増して行つた。彼女は墓石と墓石との間から、今にも麦藁帽の端か、妹の方のあざやか[#「あざやか」に傍点]な着物が、チラリとでも見えはせぬかと、幾度も透して見た。が、その辺《あたり》は妙に静まり返つて、人気さへしなかつた。
彼女が、決心して足を早めて、心覚えの墓地に近づいて行つたとき、彼女の希望は、今朝からの興奮と幸福とは、煙のやうにムザ/\と、夏の大空に消えてしまつた。
心覚えの墓地は、空しかつた。新しい墓の前には、燃え尽きた線香の灰が残つてゐる丈《だけ》であつた。供へた花が、凋れてゐる丈《だけ》であつた。美奈子の心を、寂しい失望が一面に塞《とざ》してしまつた。
せめて墓に彫り付けてある姓名から、兄妹の姓名を知りたいと思つた。が、生籬越に見た丈では、それが何うしても、確められなかつた。それかと云つて、女中を連れてゐる手前、それを確かめるために、墓地の廻りを歩いたりすることも出来なかつた。
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