ドをしてゐたのをスツカリ忘れてゐた。向うでは此方《こつち》の顔|丈《だけ》を覚えてゐて呉れたのだ。さう思ふと、美奈子は兄妹に対して一入《ひとしほ》なつかしい心が湧いて来た。
四
少女の顔|丈《だけ》は、やつと思ひ出したけれども、名前は何《ど》うしても思ひ出せなかつた。家へ帰つてからも、美奈子は、お茶の水にゐた頃の校友会雑誌の『校報』などを拡げて、それらしい名前を、思ひ出さうとしたけれども、やつぱり徒爾《むだ》だつた。
自分ながら、何うしてあの兄妹に、不思議に心を惹かされるのか、美奈子には分らなかつた。が、兄の方の白い横顔や、妹の会釈した時の微笑などが何うしても忘れられなかつた。自分にも、あんなに親しい兄があつたら、兄の勝彦が、もう少し普通の人間であつたら、などと取り止めもないことを、考へながら、やつぱり忘れられないのは、一目顔を見合はせた丈《だけ》の兄妹だつた。否、本当に忘れられないのは、兄の方一人|丈《だけ》だつたかも知れない。たゞ兄を想ひ出すごとに、妹は影の形に伴ふごとく、彼女の記憶の裡に、甦つて来るのかも知れなかつた。異性の兄の方|丈《だけ》を考へることは、彼女の慎しい処女性が、彼女自身にそれを許さなかつた。彼女は、自身でも兄妹のことを考へてゐるやうに、言訳しながら、本当に兄|丈《だけ》のことを考へてゐたのかも知れなかつた。
美奈子は、兄の方の美しい凜々しい姿を、心の裡で、ぢつと噛みしめるやうに、想ひ出してゐるとほの/″\と夜の明けるやうに、心の裡に新しい望《のぞみ》や、新しい世界が開けて行くやうに思つた。今まで夢にも知らなかつたやうな、美しい世界が開けて行くやうに思つた。
が、それと一緒に、兄妹の名前が、ハツキリと知れないことが、寂しかつた。あの時に、偶然逢つたばかりで、今後永く/\、否一生逢はずに終るのではないかと思つたりすると、淡い掴みどころのないやうな寂しさが、彼女の心を暗くしてしまふのだつた。
彼女は、新しい望みと、寂しさとを一緒に知つたと云つてもよかつた。否彼女の心の少女らしい平和は、永久に破られたと云つてもよかつた。
美奈子は、以前よりも温和《おとな》しい、以前よりも慎しい少女になつてゐた。
その裡に、彼女の心にも、少女らしい計画《プラン》が考へられてゐた。さうだ! 此の次の日曜にも、お墓詣りをして見よう。もし、
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