直ぐ帰るのは惜しいわ。ぶら/\散歩しながら、帰りませう。」
 さう云ひながら、美奈子は女中を促して、懐しい父母の墓を離れた。
 何時もは、歩き馴れた道を、青山三丁目の停留場に出るのであつたが、其日は清い墓地内を、当もなくぶら/\歩くために、わざと道を別な方向に選んだ。
 自分の家の墓地から、三十間ばかり来たときに、美奈子はふと、美しく刈り込まれた生籬《いけがき》に囲まれた墓地の中に、若い二人の兄妹《きやうだい》らしい男女が、お詣りしてゐるのに気が付いた。
 美奈子は、軽い好奇心から、二人の容子を可なり注意して見た。兄の方は、二十三四だらう。銘仙らしい白い飛白《かすり》に、袴を穿いて麦藁の帽子を被つた、スラリとした姿が、何処となく上品な気品を持つてゐた。妹はと見ると、まだ十五か十六だらう、青味がかつた棒縞のお召にカシミヤの袴を穿いた姿が、質素な周囲と反映してあざやかに美しかつた。
 美奈子達が、段々近づいてその墓地の前を通り過ぎようとしたとき、ふと振り返つた妹は、美奈子の顔を見ると、微笑を含みながら軽く会釈した。

        三

 妹らしい方から会釈されて、美奈子も周章《あわ》てながら、それに応じた。が、相手が誰だか、容易に思ひ出せなかつた。長い睫に掩はれたその黒い眸を、何処かで見たことのあるやうに思つた。が、それが何《ど》うしても美奈子には思ひ出せなかつた。
「人違ひぢやないのかしら。」
 さう思つて、美奈子は一寸顔を赤くした。
 が、美奈子がその墓地の前を通り過ぎようとして、二度《ふたたび》その兄妹らしい男女を見返つたとき、今度は兄の方が、美奈子の方を振り返つてゐた。恐らく妹が、挨拶したので、一寸した興味を持つた為だらう。美奈子の眸は、当然その青年の顔を、正面から見た。その刹那美奈子は、若い男性と、咄嗟に顔を見合はした恥かしさに、弾かれたやうに、顔を元に返した。
 それはホンの一瞬の間だつた。が、その一瞬の間に一目見た青年の顔は、美奈子の心に、名工が鑿を振つたかのやうに、ハツキリと刻み付けられてしまつた。
 彼女は、今まで異性の顔に、自分から注意を向けたことなどは、殆どなかつた。が、今見た青年の顔は、彼女の注意の凡てを、支配するやうな不思議な魅力を持つてゐた。
 白いくつきりとした顔、妹によく似た黒い眸、凜々しく引きしまつた唇、顔全体を包んでゐる上品な匂《
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