を賭して、貴女の思ひ通り、生活なさることを、他からかれこれ云ふことの愚さに気が付きました。が、奥さん、僕は、今お暇する前に、たつた一つ丈お願ひがあるのです。聴いて下さるでせうか。」
「どんなお願ひでございませうか。妾《わたくし》にも出来ることでございましたら。」
 信一郎が夫人の本心を知つてから、可なり妥協的な心持になつてゐるのにも拘はらず、夫人の態度の険しさは、少しも緩んでゐなかつた。
「外でもありません。先刻も申しました通り、青木君の弟|丈《だけ》を、貴女の目指す男性から除外していたゞきたいと思ふのです。青木君の死をまざ/\と知つてゐる丈《だけ》、あの方の弟までが、貴女の客間《サロン》に出入することは、僕の心を暗くするのです。青木君の死の責任が孰《どち》らにありませうとも、青木君が貴女《あなた》を恨んで死んだ以上、青木君の弟に対して丈《だけ》は、慎んでいたゞきたいと思ふのです。」
「貴君《あなた》は、御忠告をなさらないと云ふ口の下から、またさう云ふことを仰しやつていらつしやるのですね。」さう云ひながら、遉《さすが》に夫人は一寸苦笑ともなく微笑ともなく笑つた。「自分の生活|丈《だけ》を自分の思ひ通《どほり》にしようとするものは、利己主義ではない、他人の生活をまで、自分の思ひ通《どほり》にしようとするものこそ、本当の利己主義だと、ある人が申しましたが、貴君などこそ、本当の利己主義でいらつしやいますわね。青木さんの弟が妾《わたくし》を慕つていらつしやるとする。さう仮定したとしても、それがあの方としては、一番本当の生活ぢやございませんでせうかしら。それが、あの方として一番本当の生き方ぢやございませんかしら。さう云ふ他人の真剣な生活を、貴君が傍《はた》から心配なさることは少しもないと思ひますわ。妾《わたくし》のために、あの方が、一身を犠牲にするやうな事があつたとしても、あの方としては一番本当の生き方をしたと云ふ事になりは致しませんでせうか。」
 夫人の考へ方は、凡ての妥協と慣習とを踏み躙つてゐた。
「果してそんなものでせうか。僕は断じてさうは思ひません。」
 信一郎は可なり激しく、抗議せずにはゐられなかつた。
「それは、銘々の考へ方の違《ちがひ》ですわ。妾《わたくし》は、妾《わたくし》の考へ方に依つて生きる自由を持つてゐます。」
 夫人は、この長い激論を打ち切るやうに云つ
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