する。恋をしてゐるやうな姿勢|丈《だけ》を取る。妾《わたくし》は、妾《わたくし》の周囲に蒐まつてゐる、さうした戯恋者のお相手をすることには、本当に倦き/\しましたのよ。妾《わたくし》は真剣な方が、欲しいのよ。男らしく真剣に振舞ふ方が欲しいのよ。凡ての動作を手先丈でなく心の底から、行ふ方《かた》が欲しいのよ。
貴君《あなた》が忿然として座を立たれたとき、妾《わたくし》が止めるのも、肯かず、憤然として、お帰り遊ばす後姿《うしろすがた》を見たとき、この方《かた》こそ、何事をも真剣になさる方《かた》だと思ひましたの! 何事をなさるにも手先や口先でなく、心をも身をも、打ち込む方だと思ひましたの。妾《わたくし》が長い間、探《たづ》ねあぐんでゐた本当の男性だと思ひましたの。
信一郎様!
貴方《あなた》は妾《わたくし》の試《テスト》に、立派に及第遊ばしたのよ。
今度は、妾《わたくし》が試される番ですわ、妾《わたくし》は進んで貴方《あなた》に試されたいと思ひますの。妾《わたくし》が、貴方《あなた》のために、どんなことをしたか、どんなことをするか、それをお試しになるために、直ぐ此の自動車でいらしつて下さい!
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]瑠璃子』

 手紙の文句を読んでゐる中《うち》に、瑠璃子夫人の怪《あや》しきまでに、美しい記憶が、殺されそこなつた蛇か何かのやうに、また信一郎の頭の中に、ムク/\と動いて来た。
 夫人の手紙を、読んで見ると、夫人の心持が、満更虚偽ばかりでもないやうに、思はれた。あの美しい夫人は、彼女を囲む阿諛や追従や甘言や、戯恋に倦き/\してゐるのかも知れない。実際彼女は純真な男性を、心から求めてゐるかも知れない。さう思つてゐると、夫人の真紅の唇や、白き透き通るやうな頬が、信一郎の眼前に髣髴した。
 が、次ぎの瞬間には青木淳の紫色の死顔や、今|先刻《さつき》見たばかりの、青木淳の弟の姿などが、アリアリと浮んで来た。

        二

 手紙を読んだ刹那の陶酔から、醒めるに従つて、夫人に対する憤《いきどほ》ろしい心持が、また信一郎の心に甦つて来た。かうした、人の心に喰ひ込んで行くやうな誘惑で、青木淳を深淵へ誘つたのだ。否青木淳ばかりではない、青木淳の弟も、あの海軍大尉も、否彼女の周囲に蒐まる凡ての男性を、人生の真面目な行路から踏み外させてゐるのだ。
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