応の理財科の阿部さん、第一銀行の重役の阿部保さんのお子さん。その次の方が日本生命へ出ていらつしやる深井さん、高商出身の。その次の方が、寺島さん、御存じ? 近代劇協会にゐたことのある方ですわ。其の次の方は、芳岡さん! 芳岡伯爵の長男でいらつしやる。彼処《あそこ》に一人離れていらつしやる方が、富田さん! 政友会の少壮代議士として有名な方ですわ。みんな私《わたくし》のお友達ですわ。」
夫人は、夫人の眼に操られて、次から次へと立ち上る男性を、出席簿でも調べるやうに、淀みなく紹介した。
信一郎は、可なり激しい失望と幻滅とで、夫人の言葉が、耳に入らぬ程不愉快だつた。自分一人を友達として選ぶと云つた夫人が、十人に近い男性を、友人として自分に紹介しようとは、彼は憤怒と嫉妬との入り交じつたやうな激昂で、眼が眩《くら》めくやうにさへ感じた。彼は直ぐ席を蹴つて帰りたいと思つた。が、何事もないやうに、こぼれるやうに微笑してゐる夫人の美しい顔を見てゐると、胸の中の激しい憤怒が春風に解くるやうに、何時の間にか、消えてゆくのを感じた。
コロネーションに結つた黒髪は、夫人の長身にピツタリと似合つてゐた。黒地に目も醒めるやうな白い棒縞のお召が、夫人の若々しさを一層引立てゝゐた。白地の仏蘭西《フランス》縮緬の丸帯に、施された薔薇の刺繍は、匂入りと見え、人の心を魅するやうな芳香が、夫人の身辺を包んでゐる。
信一郎の失望も憤怒も、夫人の鮮《あざやか》な姿を見てゐると、何時の間にか撫でられるやうに、和《なご》んで来るのだつた。
四
「渥美さん! 今大変な議論が始まつてゐるのでございますよ。明治時代第一の文豪は、誰だらうと云ふ問題なのでございますよ。貴君の御説も伺はして下さいませな。」
夫人は、信一郎を会話の圏内に入れるやうに、取り做して呉れた。が、初めて顔を合はす未知の人々を相手にして、直ぐおいそれ! と文学談などをやる気にはなれなかつた。その上に、夫人から、帝劇のボックスで聴いた「こんなに打ち解けた話をするのは、貴君《あなた》が初めてなのよ。」と、云ふやうな、今となつては白々しい嘘が、彼の心を抉るやうに思ひ出された。
「だつて奥さん! 独歩には、いゝ芽があるかも知れません。が、然しあの人は先駆者だと思ふのです。本当に完成した作家ではないと思ふのです。」
信一郎が、何も云ひ出
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