度《きつと》心から待つてゐて呉れるに違《ちがひ》ない。心から、歓び迎へて呉れるに違《ちがひ》ない。さう思ひながら、彼は「|押せ《プッセ》!」と、仏蘭西《フランス》語で書いてある呼鈴に手を触れた。
 この前、来たときと同じやうに、小さい軽い靴音が、それに応じた。扉《ドア》が静《しづか》に押し開けられると、一度見たことのある少年が、名刺受の銀の盆を、手にしながら、笑靨《ゑくぼ》のある可愛い顔を現した。
「あのう、奥様にお目にかゝりたいのですが。」
 信一郎が、さう言ふと少年は待つてゐたと云はんばかりに、
「失礼でございますが、渥美さまとおつしやいますか。」
 信一郎は軽く肯いた。
「渥美さまなら、直ぐ何うかお通り下さいませ。」
 少年は、慇懃に扉《ドア》を開けて、奥を指《ゆびさ》した。
「何うか此方《こちら》へ。今日は奥の方の客間にいらつしやいますから。」
 敷き詰めてある青い絨毯の上を、少年の後から歩む信一郎の心は、可なり激しく興奮した。自分の名前を、ちやんと玄関番へ伝へてある夫人の心遣ひが、嬉しかつた。一夜夫人と語り明したことさへ生涯に二度と得がたい幸福であると思つてゐた。それが、一夜限りの空しい夢と消えないで、実生活の上に、ちやんとした根を下して来たことが、信一郎には此上なく嬉しかつた。彼は絨毯の上を、しつかりと歩んでゐた積《つもり》であつたが、もし傍観者があつたならば、その足付が、宛然《まるきり》躍つてゐるやうに見えたかも知れない。夫人と、美しい客間で二人|限《ぎ》り、何の邪魔もなしに、日曜の午後を愉快に語り暮すことが出来る。さうした楽しい予感で、信一郎の心は、はち切れさうに一杯だつた。
 長い廊下を、十間ばかり来たとき、少年は立ち止まつて、其処の扉《ドア》を指《ゆびさ》した。
「此方《こちら》でございます。」
 信一郎は、その中に瑠璃子夫人が、腕椅子に身体を埋ませるやうに掛けながら、自分を待つてゐるのを想像した。
 彼は、興奮の余り、かすかに顫へさうな手を扉《ドア》の把手にかけた。彼が、胸一杯の幸福と歓喜とに充されて、その扉《ドア》を静かに開けたとき、部屋の中から、波の崩れるやうに、ワーツと彼を襲つて来たものは、数多い男性が一斉に笑つた笑ひ声だつた。
 彼は、不意に頭から、水をかけられたやうに、ゾツとして立ち竦《すく》んだ。

        三

 彼がハツ
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