のはない。貴女は、その笑顔で俺《わし》を悩まし殺さうとしてゐるのだ。いや、俺《わし》ばかりぢやない! あの馬鹿の勝彦をまで悩ましてをるのぢや。」
勝平の態度には、愈々《いよ/\》乱酔の萌《きざし》が見えてゐた。彼の眸は、怪しい輝きを帯び、狂人か何かのやうに瑠璃子をジロ/\と見詰めてゐた。
風も雨も、海岸の此一角に、その全力を蒐めたかのやうに、益々《ます/\》吹き荒び降り増つた。が瑠璃子は人と人との必死の戦ひのために、さうした暴風雨の音をも、聞き流すことが出来た。
「疑心暗鬼と云ふことがございますね。貴君のは、それですよ。妾《わたし》を疑つてかかるから、妾《わたし》の笑顔迄が、夜叉の面《おもて》か何かのやうに見えるのでございますよ。」
さう云ひながらも、瑠璃子はその美しい冷たい笑ひを絶たなかつた。勝平は、その巨きい身体をのたうつやうにして云つた。
「貴女は、俺《わし》を飽くまでも、馬鹿にしてをられるのぢや。貴女は人間としての俺《わし》を信用してをられんのぢや。貴女は、俺《わし》の人格を信じてをられないのぢや。俺《わし》に人間らしい心のあることを信じてをられないのぢや。よし、貴女が俺《わし》を人間として扱つて下さらないなら、俺《わし》は獣として、貴女に向つて行くのぢや。俺《わし》は獣のやうに、貴女に迫つて行くのぢや。」
勝平の眸は燃ゆるやうに輝やいた。
「さうだ! 俺《わし》は獣として貴女に迫つて行く外はない!」
さう云つたかと思ふと、勝平は羆《ひぐま》が人間を襲ふ時のやうに、のツと立ち上つた。
瑠璃子も弾かれたやうに、立ち上つた。
立ち上つた勝平は、フラ/\と蹌《よろ》めいてやつと踏み堪へた。彼はその凄じい眸を、真中に据ゑながら、瑠璃子の方へヂリ/\と迫つて来た。
かよわい瑠璃子の顔は、真蒼だつた。身体《からだ》はかすかに顫へてゐたけれども、怯《わる》びれた所は少しもなかつた。その美しい眉宇は、きつと、緊きしまつて、許すまじき色が、アリ/\と動いた。
丁度、その時だつた。風に煽られた大雨が一頻り沛然として降り注いで来た。
二
荒るゝまゝに、夜は十二時に近かつた。
台所にゐる筈の女中達は、眠りこけてでもゐるのだらう、話声一つ聞えて来なかつた。ただ吹き暴《あ》るゝ大風雨の裡に勝平と瑠璃子と丈《だけ》が、取り残されたやうに、睨みなが
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