めておくれ。」
 瑠璃子は、狼狽して、召使に命じると、ピツタリと閉ざされた部屋の中に、今宵に限つて、妙に薄暗く思はれる電燈の下に、小さく縮かまつてゐた。人間同士の争ひでは、非常に強い瑠璃子も、かうした自然の脅威の前には、普通の女らしく臆病だつた。海岸に立つてゐる、地形の脆弱な家は、時々今にも吹き飛ばされるのではないかと思はれるほど、打ち揺いだ。海岸に砕けてゐる波は、今にも此の家を呑みさうに轟々たる響を立てゝゐる。
 瑠璃子には、結婚して以来、初めて夫の帰るのが待たれた。何時もは、夫の帰るのを考へると、妙に身体が、引き緊つてムラ/\とした悪感が、胸を衝いて起るのであつたが、今宵に限つては、不思議に夫の帰るのが待たれた。勝平の鉄のやうな腕が何となく頼もしいやうに思へた。逗子の停車場から自動車で、危険な海岸伝ひに帰つて来ることが何となく危《あやぶ》まれ出した。
「かう荒れてゐると、鐙摺《あぶずり》のところなんか、危険ぢやないかしら。」と女中に対して瑠璃子は、我にもあらず、さうした心配を口に出してしまつた。
 その途端に、吹き募つた嵐は、可なり宏壮な建物を打ち揺すつた。鎖で地面へ繋がれてゐる廂が、吹きちぎられるやうにメリ/\と音を立てた。

        四

「こんなに荒れると、本当に自動車はお危なうございますわ。一層こんな晩は、彼方《あちら》でお宿りになるとおよろしいのでございますが。」
 女中も主人の身を案ずるやうにさう云つた。が、瑠璃子は是非にも帰つて貰ひたいと思つた。何時もは、顔を見てゐる丈でも、ともすればムカ/\として来る勝平が、何となく頼もしく力強いやうに感ぜられるのであつた。
 日が、トツプリ暮れてしまつた頃から、嵐は益《ます/\》吹き募つた。海は頻りに轟々と吼え狂つた。波は岸を超え、常には干乾びた砂地を走つて、別荘の土堤《どて》の根元まで押し寄せた。
「潮が満ちて来ると、もつと波がひどく[#「ひどく」に傍点]なるかも知れねえぞ!」
 海の模様を見るために出てゐた、別荘番の老爺《おやぢ》は、漆のやうに暗い戸外から帰つて来ると、不安らしく呟いた。
「まさか、此間のやうな大|暴風雨《あらし》にはなりますまいね。」
 女中も、それに釣り込まれたやうに、オド/\しながら訊いた。皆の頭に、まだ一月にもならない十月一日の暴風雨の記憶がマザ/\と残つてゐた。それは、東京
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