合にも、彼女を勇気付けた。牡牛のやうに巨きい勝平と相対してゐながら、彼女は一度だつて、怯れたことはなかつた。
 瑠璃子が暫らく東京を離れると云ふことが分ると、一番に驚いたのは勝彦だつた。彼は瑠璃子が準備をし始めると、自分も一緒に行くのだと云つて、父の大きいトランクを引つ張《ぱり》出して来て、自分の着物や持物を目茶苦茶に詰め込んだ。おしまひには、自分の使つてゐる洗面器までも、詰め込んで召使達を笑はせた。彼は、瑠璃子に捨てゝ置かれないやうにと、一瞬の間も瑠璃子を見失はないやうに後《あと》へ/\と付き纏つた。
 それを見ると、勝平は眉を顰めずにはゐられなかつた。
 出立の朝だつた。自分が捨てゝ置かれると云ふことが分ると、勝彦は狂人のやうに暴れ出した。毎年一度か二度は、発作的に狂人のやうになつてしまふ彼だつた。彼は瑠璃子と父とが自動車に乗るのを見ると、自分も跣足《はだし》で馳け降りて来ながら、扉《ドア》を無理矢理に開けようとした。執事や書生が三四人で抱き止めようとしたが、馬鹿力の強い彼は、後から抱き付かうとする男を、二三人も其処へ振り飛ばしながら、自動車に縋り付いて離れなかつた。
 白痴でありながらも、必死になつてゐる顔色を見ると、瑠璃子は可なり心を動かされた。主人に慕ひ纏はつて来る動物に対するやうないぢらしさを、此の無智な勝彦に対して、懐かずにはゐられなかつた。
「あんなに行きたがつていらつしやるのですもの。連れて行つて上げてはいけないのですか。」
 瑠璃子は夫を振返りながら云つた。その微笑が、一寸皮肉な色を帯びるのを、彼女自身制することが出来なかつた。
「馬鹿な!」
 勝平は、苦り切つて、一言に斥けると、自動車の窓から顔を出しながら云つた。
「遠慮をすることはない。グン/\引き離して彼方《あつち》へ連れて行け。暴れるやうだつたら、何時かの部屋へ監禁してしまへ。当分の間、監視人を付けて置くのだぞ、いゝか。」
 勝平は、叱り付けるやうに怒鳴ると、丁度勝彦の身体が、多勢の力で車体から引き離されたのを幸《さひはひ》に、運転手に発車の合図を与へた。
 動き出した車の中で瑠璃子は一寸居ずまひを正しながら、背後に続いてゐる勝彦のあさましい怒号に耳を掩はずにはゐられなかつた。

        三

 葉山へ移つてから、二三日の間は、麗かな秋日和が続いた。東京では、とても見られないやう
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