されたやうに、ピタリとして、少しも動かなかつた。彼は声を出して、叫ばうとした。
 その途端に、ガタリと扉《ドア》が開く音がした。が、開いたのはその扉《ドア》ではなくして、美奈子の寝室の扉《ドア》であつた。
 純白の寝衣《ねまき》を付けた少女はまろぶやうに、父の傍に走り寄つた。
「お父様! 何と云ふことでございます。何も云はないで、お休みなさいませ。お願ひでございます。お姉様にこんなところを見せては親子の恥ではございませんか。」
 美奈子の心からの叫びに、打たれたやうに、勝平は黙つてしまつた。
 勝彦は、相変らず、ニヤリ/\と妹の顔を見て笑つてゐた。
 丁度此の時、扉《ドア》の彼方の寝台の上に、夢を破られた女は、親子の間の浅ましい葛藤を、聞くともなく耳にすると、其美しい顔に、凄い微笑を浮べると、雪のやうな羽蒲団を、又再び深々と、被つた。

        五

 自分の寝室へ帰つて来てからも、勝平は悶々として、眠られぬ一夜を過してしまつた。恋する者の心が、競争者の出現に依つて、焦り出すやうに、勝平の心も、今迄の落着、冷静、剛愎の凡てを無くしてしまつた。競争者、それが何と云ふ堪らない競争者であらう。それが自分の肉親の子である。肉親の父と子が、一人の女を廻つて争つてゐる。親が女の許へ忍ぶと子が先廻りをしてゐる。それは、勝平のやうな金の外には、物質の外には、何物をも認めないやうな堕落した人格者に取つても堪らないほどあさましいことだつた。
 もし、勝彦が普通の頭脳があり、道義の何物かを知つてゐれば、罵り恥かしめて、反省させることも容易なことであるかも知れない。(尤も、勝平に自分の息子の不道徳を責め得る資格があるか何うかは疑問であつた。)が、勝彦は盲目的な本能と烈しい慾望の外は、何も持つてゐない男である。相手が父の妻であらうが、何であらうが、たゞ美しい女としか映らない男である。それに人並外れた強力《がうりき》を持つてゐる彼は、どんな乱暴をするかも分らなかつた。
 その上に、勝平は自分の失言に対する苦い記憶があつた。彼は、一時瑠璃子を勝彦の妻にと思つたとき、その事を冗談のやうに勝彦に、云ひ聴かせたことがある。何事をも、直ぐ忘れてしまふ勝彦ではあつたが、事柄が事柄であつた丈に、その愚な頭の何処かにこびり付かせてゐるかも知れない。さう考へると、勝平の頭は、愈《いよ/\》重苦しく濁つて
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