つた。一人の男性が、妻の寝室の扉《ドア》の前に立つてゐる。それだけで、勝平の心を狂はすのに十分だつた。
彼は、握りしめた拳を、顫はしながら、必死になつて、一歩々々|扉《ドア》に近づいた。が、相手は気味の悪いほど、冷静にピクリとも動かない。勝平が、最後の勇気を鼓して、相手の胸倉を掴みながら、低く、
「誰だ!」と、叱した時、相手は勝平の顔を見て、ニヤリと笑つた。それは紛れもなく勝彦だつたのである。
自分の子の卑しい笑ひ顔を見たときに、剛愎な勝平も、グンと鉄槌で殴られたやうに思つた。言ひ現し方もないやうな不快な、あさましいと云つた感じが、彼の胸の裡に一杯になつた。自分の子があさましかつた。が、あさましいのは、自分の子|丈《だ》けではなかつた。もつと、あさましいのは、自分自身であつたのだ。
「お前! 何をしてゐるのだ! 茲《こゝ》で。」
勝平は、低くうめくやうに訊いた。が、それは勝彦に訊いてゐるのではなく、自分自身に訊いてゐるやうにも思はれた。
勝彦は、離れの日本間の方で寝てゐる筈なのだ。が、それがもう夜の二時過であるのに、瑠璃子の部屋の前に立つてゐる。それは、勝平に取つては、堪へられないほど、不快なあさましい想像の種だつた。
「何をしてゐるのだ! こんな処で。こんなに遅く。」何時もは、馬鹿な息子に対し可なり寛大である父であつたが、今宵に限つては、彼は息子に対して可なり烈しい憎悪を感じたのである。
「何をしてゐたのだ! おい!」
勝平は、鋭い眼で勝彦を睨みながら、その肩の所を、グイと小突いた。
四
「茲《こゝ》に何をしてゐたのだ、茲に!」
父が、必死になつて責め付けてゐるのにも拘らず、勝彦はたゞニヤリ/\と、たわいもなく笑ひ続けた。薄気味のわるいとりとめもなき子の笑ひが、丁度自分の恥しい行為を、嘲笑《あざわら》つてゐるかのやうに、勝平には思はれた。
彼は、瑠璃子やまた、直ぐ次ぎの扉《ドア》の裡に眠つてゐる美奈子の夢を破らないやうにと、気を付けながらも、声がだんだん激しくなつて行くのを抑へることが出来なかつた。
「おい! こんなに遅く、茲《こゝ》に何をしてゐたのだ。おい!」
さう云ひながら、勝平は再び子の肩を突いた。父にさう突き込まれると、白痴相当に、勝彦は顔を赤めて、口ごもりながら云つた。
「姉さんの所へ来たのだ。姉さんの所へ来たのだ。」
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