いのです。少し足りない人間ですが、悪気はありませんよ。極く単純で、此方《こつち》の云ふことは可なり聴くのです。おい勝彦! これが、お前のお母様だよ。さあ/\挨拶するのだ。」
勝彦は、瑠璃子の顔を、ジロ/\と見詰めてゐたが、父にさう促されると急に気が付いたやうに、
「お母様ぢやないや。お母様は死んでしまつたよ。お母様は、もつと汚《きたな》い婆あだつたよ。此人は綺麗だよ。此人は美奈ちやんと同じやうに、綺麗だよ。お母様ぢやないや、ねえさうだらう、美奈ちやん。」彼は妹に同意を求めるやうに云つた。妹は顔を、火のやうに赤くしながら、兄を制するやうに云つた。
「お母様と申上げるのでございますよ。お父様のお嫁になつて下さるのでございますよ。」
「何んだ、お父様のお嫁! お父様は、ずるいや。俺に、お嫁を取つて呉れると云つてゐながら、取つて呉れないんだもの。」
彼は、約束した菓子を貰へなかつた子供のやうに、すね[#「すね」に傍点]て見せた。
瑠璃子は、その白痴な息子の不平を聞くと、勝平が中途から、世間体を憚つて、自分を息子の嫁にと、云ひ出したことを、思ひ出した。金で以て、こんな白痴の妻――否弄び物に、自分をしようとしたのだと思ふと、勝平に対する憎悪が又新しく心の中に蒸返された。
六
勝彦と美奈子とが、彼等自身の部屋へ去つた頃には、夜は十一時に近く、新郎新婦が新婚の床に入るべき時刻は、刻々に迫つてゐた。
勝平は、先刻《さつき》から全力を尽くして、瑠璃子の歓心を買はうとしてゐた。彼は、急に思ひ出したやうに、
「おゝさう/\、貴女《あなた》に、結婚進物《マリエイジプレゼント》として、差し上げるものがありましたつけ。」
さう云ひながら、彼は自分の背後に据ゑ付けてある小形の金庫から、一束の証書を取り出した。
「貴女のお父様に対する債権の証文は、みんな蒐めた筈です。さあ、これを今貴女に進上しますよ。」
彼は、その十五万円に近い証書の金額に、何の執着もないやうに、無造作に、瑠璃子の前に押しやつた。
瑠璃子は、その一束を、チラリと見たが、遉《さすが》にその白い頬に、興奮の色が動いた。彼女は、二三分の間、それを見るともなく見詰めてゐた。
「あのマッチは、ございますまいか。」彼女は、突如さう訊いた。
「マッチ?」勝平は、瑠璃子の突然な言葉を解し得なかつた。
「あのマッチ
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