センセイション》を起した丈《だけ》、それ丈花嫁の顔を、ジロ/\と見てゐるやうに、瑠璃子には思はれた。金《かね》で操を左右されたものと思はれてゐるかも知れないことが、瑠璃子には――勝気な瑠璃子には、死に勝る恥のやうにも思はれた。が、彼女は全力を振つて、さうした恥しさと戦つた。人は何とも思へ、自分は正しい勇ましい道を辿つてゐるのだと、彼女は心の中で、ともすれば撓みがちな勇気を振ひ起した。
が、苦しんでゐるものは、瑠璃子|丈《だけ》ではなかつた。新郎の勝平と、一尺も離れないで、黙々と席に就いて居る父の顔を見ると、瑠璃子は自分の苦しみなどは、父の十分の一にも足りないやうに思つた。自分は、自分から進んで、かうした苦痛を買つてゐるのだ。が、父は最愛の娘を敵に与へようとしてゐる。縦令《たとひ》、それが娘自身の発意であるにしろ、男子として、殊に硬骨な父として、どんなに苦しい無念なことであらうかと思つた。
が、苦しんでゐる者は、外にもあつた。それは今宵の月下氷人を勤めてゐる杉野子爵だつた。子爵は、瑠璃子が自分の息子の恋人であることを知つてから、どれほど苦しんでゐるか分らなかつた。瑠璃子に対する荘田の求婚が、本当は自分の息子に対する、復讐であつたことを知つてから、彼はその復讐の手先になつてゐた、自分のあさましさが、しみ/″\と感ぜられた。殊に、そのために、息子が殺傷の罪を犯したことを考へると、彼は立つても坐つても、ゐられないやうな良心の苛責を受けた。
日比谷大神宮の神前でも、彼は瑠璃子の顔を、仰ぎ見ることさへなし得なかつた。彼は、瑠璃子親子の前には、罪を待つ罪人のやうに、悄然とその頭を垂れてゐた。
今宵の祝賀の的であるべき花嫁を初め、親や仲人が、銘々の苦しみに悶えてゐるにも拘はらず、祝賀の宴は、飽くまでも華やかだつた。価《あたひ》高い洋酒が、次ぎから次ぎへと抜かれた。料理人が、懸命の腕を振つた珍しい料理が後から後から運ばれた。低くはあるが、華やかなさゞめき[#「さゞめき」に傍点]が卓から卓へ流れた。
デザートコースになつてから、貴族院議長のT公爵が立ち上つた。公爵は、貴族院の議場の名物である、その荘重な態度を、いつもよりも、もつと荘重にして云つた。
「私は、茲《こゝ》に御列席になつた皆様を代表して、荘田唐沢両家の万歳を祈り、新郎新婦の前途を祝したいと思ひます。何うか皆様新郎新
前へ
次へ
全313ページ中120ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング