らねばなりません。金の力などは、本当の正義の前には土塊《つちくれ》にも等しいことを、あの男に思ひ知らせてやりたいと思ひます。」
さう云ひながら、瑠璃子は父の顔をぢつと見詰めてゐたが、思ひ切つたやうに云つた。
「お父様! お願ひでございます。瑠璃子を、無い者と諦めて、今後何を致しませうと、妾《わたくし》の勝手に委せて下さいませんか。」
瑠璃子の顔に、鉄のやうに堅い決心が閃いた。父は、瑠璃子の真意を測りかねて、茫然と愛児の顔を見詰めてゐた。
「お父様?[#「?」はママ] 妾《わたくし》は、ユーヂットにならうと思ふのでございます。」
七
「ユーヂット?」老いた父には、娘の云つた言葉の意味が分らなかつた。
「左様でございます。妾《わたくし》はユーヂットにならうと思ふのでございます。ユーヂットと申しますのは猶太《ユダヤ》の美しい娘の名でございます。」
「その娘にならうと云ふのは、どう云ふ意味なのだ!」父は、激しい興奮から覚めて、やゝ落着いた口調になつてゐた。
「ユーヂットにならうと申しますのは、妾《わたくし》の方から進んで、あの荘田勝平の妻にならうと云ふことでございます。」
瑠璃子の言葉は、樫の如く堅く氷の如く冷やかであつた。
「えーツ。」と叫んだまゝ、父は雷火に打たれた如く茫然となつてしまつた。
「お父様! お願ひでございます。どうか、妾《わたくし》をないものと諦めて、妾《わたくし》の思ふまゝに、させて下さいませ!」
瑠璃子は、何時の間にか再び熱狂し始めた。
「馬鹿なツ!」父は、烈しい、然し慈愛の籠つた言葉で叱責した。
「馬鹿なことを考へてはいけない! 親の難儀を救ふために子が犠牲になる。親の難儀を救ふために娘が、身売をする。そんな道徳は、古い昔の、封建時代の道徳ではないか。お前が、そんな馬鹿なことを考へる。聡明なお前が、そんな馬鹿なことを考へる。お父様《とうさん》を救はうとして、お前があんな豚のやうな男に身を委す。考へる丈《だけ》でも汚らはしいことだ! お前を犠牲にして、自分の難儀を助からうなどと、そんなさもしい[#「さもしい」に傍点]ことを考へる父だと思ふのか。俺《わし》は、自分の名誉や位置を守るために、お前の指一本髪一筋も、犠牲にしようとは思はない。そんな馬鹿々々しいことを考へるとは、平生のお前にも似合はないぢやないか。」
父は、思ひの外
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