ると父の部屋へ上つて行つた。そして、オヅ/\扉《ドア》を開けながら云つた。
「もう、十時でございます。お休み遊ばしませ。」黙然としてゐた父は、手を拱ねいたまゝ、振向きもしないで答へた。
「俺は、もう少し起きてゐるから、瑠璃子さんは先きへお寝なさい!」
さう云はれると、瑠璃子は、愈《いよ/\》不安になつて来た。寝室へ退くことなどは愚か、父の部屋を遠く離れることさへが、心配で堪らなくなつて来た。瑠璃子は、階段を中途まで降りかけたが、烈しい胸騒ぎがして、何うしても足が、進まなかつた。彼女は、足音を忍ばせながら、そつと、引き返した。彼女は、灯もない廊下の壁に、寄り添ひながら立つてゐた。父が、寝室へ入るまでは、何うにも父の傍を離れられないやうに思つた。
二
二十分経ち三十分経つても、父は寝室へ行くやうな様子を見せなかつた。そればかりではなく、部屋の中からは、身動きをするやうな物音一つ聞えて来なかつた。瑠璃子も、息を凝しながら、ずつとほの暗い廊下の暗《やみ》に立つてゐた。一時間余りも、立ち尽したけれども、疲労も眠気も少しも感じなかつた。それほど、彼女の神経は、異常に緊張してゐるのだつた。ぢぢと鳴く庭前の、虫の声さへ手に取るやうに聞えて来た。
十二時を打つ時計の音が、階下の闇から聞えて来ても、父は部屋から出て来る様子はなかつた。
夜が、深くなつて行くのと一緒に、瑠璃子の不安も、だん/\深くなつて行つた。十二時を打つのを聞くと、もうぢつと、廊下で待つてゐられないほど、彼女の心は不安な動揺に苛まれた。彼女は、無理にも父を寝させようと決心した。云ひ争つてでも、父を寝室へ連れて行かうと決心した。彼女が、さう決心して、扉《ドア》の白い瀬戸物の取手に、手を触れたときだつた。何時もは、訳もなくグルリと廻転する取手が、ガチリと音を立てたまゝ、彼女の手に逆ふやうにビクリともしなかつた。
『内部《うち》から鍵をかけたのだ!』
さう思つた瞬間に、瑠璃子は鉄槌で叩かれたやうに、激しい衝動《ショック》を受けた。気味の悪い悪寒が、全身を水のやうに流れた。
「お父様!」彼女は、我を忘れて叫んだ。その声は、悲鳴に近い声だつた。が、瑠璃子が、さう声をかけた瞬間、今迄|静《しづか》であつた父が、俄に立ち上つて、何かをしてゐるらしい様子が、アリ/\と感ぜられた。
「お父様! お開けなすつ
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