笑はうとする父の顔が、今にも泣き出すやうに力なくみじめ[#「みじめ」に傍点]に見えた。
「何うにかならないものでございませうか、ほんたうに。」
父の大事などには、今迄一度も口出しなどをしたことのない彼女も、恐ろしい危機に、つい平生のたしなみ[#「たしなみ」に傍点]を忘れてしまつた。
父も、それに釣り込まれたやうに、
「さうだ! 本多さへ早く帰つてをれば、何《ど》うにかなるのだがな。八月には帰ると云ふのだから、此の一月か二月さへ、何うにか切り抜ければ――」
父は、娘に対する虚勢も捨てたやうに、首をうな[#「うな」に傍点]垂れた。さうだ、父の莫逆の友たる本多男爵さへ日本にをればと、瑠璃子も考へた。が、その人は、宮内省の調度頭をしてゐる男爵は、内親王の御降嫁の御調度買入れのために、欧洲へ行つてゐて、此の八月下旬でなければ、日本へは帰らないのだつた。
住んでゐる家に、執達吏が、ドヤ/\と踏み込んで来て家財道具に、封印をベタ/\と付ける。さうした光景を、頭の中に思ひ浮べると、瑠璃子は生きてゐることが、味気ないやうにさへ思つた。
父も娘も、無言のまゝに、三十分も一時間も坐つてゐた。いつまで、坐つてゐても父娘《おやこ》の胸の中の、黒いいやな塊が、少しもほぐれては行かなかつた。
その時である。また唐沢家を訪ふ一人の来客があつた。悪魔の使であるか、神の使であるかは分らなかつたけれど。
三
父と娘《こ》とが、差し迫まる難関に、やるせない当惑の眉をひそめて、向ひ合つて坐つてゐる時に、尋ねて来た客は、木下と云ふ父の旧知だつた。政治上の乾分《こぶん》とも云ふべき男だつた。父が、日本で初《はじめ》ての政党内閣に、法相の椅子を、ホンの一月半ばかり占めた時、秘書官に使つて以来、ズツと目をかけて来た男だつた。長い間、父の手足のやうに働いてゐた。父も、いろ/\な世話を焼いた。が、二三年来父の財力が、尽きてしまつて、乾分の面倒などは、少しも見てゐられなくなつてから、此の男も段々、父から遠ざかつて行つたのだ。
が、父は久し振《ぶり》に、旧知の尋ねて来たことを欣んだ。溺るゝ者は、藁をでも掴むやうに、窮し切つてゐる父は、何処かに救ひの光を見付けようと、焦つてゐるのだつた。その男は、今年の五月来た時とは、別人のやうな立派な服装《なり》をしてゐた。
「何うだい! 面白い事でもあ
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