眉をひそめた。暫らくは開いて見ようとはしなかつた。
「何と申して参つたのでございませう。」瑠璃子は、気になつて、急《せ》かすやうに訊いた。
 父は、荒々しく封筒を引き破つた。
「何だ!」父の声は、初から興奮してゐた。
「――此度小生に於て、買占め置き候貴下に対する債権に就て、御懇談いたしたきこと有之《これあり》、且つ先日杉野子爵を介して、申上げたる件に付きても、重々の行違《ゆきちがひ》有之《これあり》、右釈明|旁々《かた/″\》近日参邸いたし度く――あゝ何と云ふ図々しさだ。何と云ふ! 獣のやうな図々しさだ。よし、やつて来い。やつて来るがいゝ。来れば、面と向つて、あの男の面皮を引き剥いて呉れるから。」
 父は、さう云ひながら、奉書の巻紙を微塵に引き裂いた。老い凋《しな》んだ手が、怒《いかり》のために、ブル/\顫へるのが、瑠璃子の眼には、傷《いた》ましくかなしかつた。

        六

 父も瑠璃子も、心の中に戦ひの準備を整へて、荘田勝平の来るのを遅しと待つてゐた。
 手紙が来た日の翌日の午前十時頃、瑠璃子が、二階の窓から、邸前の坂道を、見下してゐると、遥《はるか》に続いてゐるプラタヌスの並樹の間から、水色に塗られた大形の自動車が、初夏の日光をキラ/\と反射しながら、眩しいほどの速力で、坂を馳け上つたかと思ふと、急に速力を緩めて、低いうめく[#「うめく」に傍点]やうな警笛の音を立てながら、門前に止まるのを見たのである。覚悟をしてゐたことながら、瑠璃子は今更のやうに、不快な、悪魔の正体をでも、見たやうな憎悪に、囚はれずにはゐられなかつた。
 自動車の扉は、開かれた。ハンカチーフで顔を拭きながら、ぬつとその巨きい頭を出したのは、紛れもないあの男だつた。何が嬉しいのか、ニコ/\と得体の知れぬ微笑を浮べながら、玄関の方へ歩いて来るのだつた。
 瑠璃子は、取次ぎに出ようか出まいかと、考へ迷つた。顔を合はしたり、一寸でも言葉を交すのが厭でならなかつた。が、それかと云つて、平素気が付けば取次ぎに出る自分が、此の人に限つて出ないのは、何だか相手を怖れてゐるやうで彼女自身の勝気が、それを許さなかつた。さうだ! あんな卑しい人間に怯れてなるものか。彼の男こそ、自分の清浄な処女の誇の前に、愧ぢ怯れていゝのだ。さう思ふと、瑠璃子は処女《をとめ》にふさはしい勇気を振ひ興して、孔雀のやうな誇
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