なつても、自分丈には安否位は、知らせて呉れてもよいものと、彼女は兄の気強さが恨めしかつた。が、彼女の心を傷ましめることは外にもう一つあつた。それは、これまで感情の疎隔してゐた父と杉野子爵との間が、到頭最後の破裂に達したことである。あんな事件が起つた以上、再び元通りになることは、殆ど絶望のやうに思はれた。従つて、自分達の恋が、正式に認められるやうな機《をり》は、永久に来ないやうに思はれた。自分が、恋を達するときは、やつぱり兄と同じやうに、父に背かなければならぬ時だと思ふと、彼女の心は暗かつた。
 突然な非礼な求婚が、斥けられてから、それに就いては何事も起らなかつた。十日経ち二十日経つた、父は、その事をもうスツカリ忘れてしまつたやうだつた。が、瑠璃子にはそれが中断された悪夢のやうに、何となく気がかりだつたが、一度|限《ぎり》で何の音沙汰もないところを見ると、その求婚を、恐ろしい復讐の企てでもあるやうに思つたのは、自分の邪推であつたやうにさへ、瑠璃子は思つた。
 その裡に五月が過ぎ六月が来た。政治季節の外は、何の用事もない父は、毎日のやうに書斎にばかり、閉ぢ籠もつてゐた。瑠璃子は何うかして、父を慰めたいと思ひながらも、父の暗い眉や凋びた口の辺《あたり》を見ると、たゞ涙ぐましい気持が先に立つて、話しかける言葉さへ、容易に口に浮ばなかつた。兄がゐる裡は、父と時々争ひが起つたものゝ、それでも家の中が、何となく華やかだつた。父娘二人になつて見ると、ガランとした洋館が修道院か何かのやうに、ジメ/\と淋しかつた。
 六月のある晴れた朝だつた。兄が家出した悲しみも、不快な求婚に擾された心も、だん/\薄らいで行く頃だつた。瑠璃子は、その朝、顔を洗つてしまふと平素《いつも》の[#「平素《いつも》の」は底本では「平素《いつも》もの」]通り、老婢が自分の室の机の上に置いてある郵便物を、取り上げて見た。
 父宛に来た書状も、一通り目を通すのが、彼女の役だつた。その朝は、父宛の書留が一通|雑《ま》じつてゐた。それは内容証明の書留だつた。裏を返すと、見覚えのある川上万吉と云ふ金貸業者の名前だつた。
『あゝまた督促かしら。』と、瑠璃子は思つた。さうした書状を見る毎に、平素《いつも》は感じない家の窮状が彼女にもヒシ/\感ぜられるのであつた。
 彼女は、何気なく封を破つた。が、それは平素《いつも》の督促状
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