父は、さう叫びながら、手近にある卓《デスク》の端を力委せに二三度打つた。瑠璃子には、父が貴族院の演壇で獅子吼する有様が、何処となく偲ばれた。が、相手が現在の子であることが、父の姿を可なり淋しいものにした。
「お前は、父が三十年来の苦闘を察しないのか。お前は、俺《わし》の子として、父の志を継ぐことを、名誉だとは思はないのか、俺の志を継いで、俺が年来の望みを、果させて呉れようとは思はないのか。お前は、唐澤の家の歴史を忘れたのか、お前にいつも話してゐる、お祖父様の御無念を忘れたのか。」
 それは、父が少し昂奮すれば、定《き》まつて出る口癖だつた。父は、それを常に感激を以て語つた。が、子はそれを感激を以て聞くことが、出来なかつた。唐澤の家が、三万石の小大名ではあつたが、足利時代以来の名家であるとか、維新の際には祖父が勤王の志が、厚かつたにも拘はらず、薩長に売られて、朝敵の汚名を取り、悶々の裡に憤死したことや、その死床で洩した『敵《かたき》を取つて呉れ。』といふ遺言を体して、父が三十年来貴族院で、藩閥政府と戦つて来たことなど、それは父にとつて重大な一生を支配する生活の刺戟だつたかも知れない。が、子に取つては、彼の画題となる一茎の草花に現はれてゐる、自然の美しさほどの、刺戟も持つてゐなかつた。時代が違つてゐ、人間が違つてゐた。何の共通点もない人間同士が、血縁でつながつてゐることが、何より大きい悲劇だつた。
「黙つてゐては分らない。何とか返事をなさい!」日本の大正の王《キング》リアは、かう云つて石のやうに黙つてゐる子に挑んだ。

        三

「お父さん!」兄は静《しづか》に頭を擡《あ》げた。平素は、黙々として反抗を示す丈《だけ》の兄だつたが、今日は徹底的に云つて見ようといふ決心が、その口の辺に動いてゐた。「貴方《あなた》が、幾何《いくら》仰《おつ》しやつても、僕は政治などには、興味が向かないのです。殊に現在のやうな議会政治には、何の興味も持つてゐないのです。僕は、お父さんの仰《おつ》しやるやうに、法科を出て政治家になるなどと云ふことには、何の興味もないのです。」兄の言葉は、針のやうに鋭く澄んで来た。
「もう少し待つて下さい。もう少し、気長に私のすることを見て居て下さい。その中に、画を描くことが、人間としてどんなに立派な仕事であるか、堂々たる男子の事業として恥かしくないか
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