の頭から消え去っている。そして、その木が鉞の幾落下《いくらっか》によって、力尽き、地を揺がせて倒れるとき、俊寛の焼けた顔には、会心の微笑《えみ》が浮ぶ。彼は、そうして伐り倒した木の枝を払い、一本ずつやっとの思いで、泉の畔に引いてくる。彼は、その粗《ラフ》な丸太を地面に立て、柱とした。小太刀や鉞で穴を掘ることは、かなり骨が折れた。ことに、そういう仕事に用いることで、これから先の生活にどんな必要であるかもしれない道具が破損することを、恐れねばならなかった。屋根は、唐竹で葺《ふ》いた。この島の大部分を覆うている唐竹は、屋根を葺くのには、藁よりもはるかに秀れていた。木の枝を、横にいくつも並べて壁にした。そして、近所から粘《ねば》い土を見出して、その上から塗抹《とまつ》した。彼は、この新しい家を建てるために、二十日ばかりもかかった。が、彼は自分の住む家を自分で建てることが、どんなに楽しみの仕事であるかが分かった。その間、清盛に対する怨みや、妻子に対する恋しさが、焼くように胸に迫ることがある。そんなとき、彼は常よりも二倍も三倍も激しく働く。むろん、島に夕暮が来て、日が荒寥《こうりょう》たる硫黄ヶ岳のかなたに落ち、唐竹の林に風が騒ぎ、名も知れない海鳥が鳴くときなど、灯もない小屋の中に蹲《うずくま》っている俊寛に、身を裂くような寂しさが襲ってくる。が、昼間の激しい労働が産む疲労は、すぐ彼をそうした寂しさから救ってくれ、そして彼に安らかな眠りを与えてくれる。
新しい小屋ができたとき、彼はその次には、食物のことを考えた。三人で食い残した乾飯《ほしい》は、まだ二月、三月は、俊寛一人を支えることができた。が、成経がいなくなった今は、成経の舅から仕送りがあるはずはなかった。今は、自分で食物を耕し作るよりほかはなかった。俊寛は、新しい小屋から、二町ばかり隔った所に、やや開けた土地があり、硫黄ヶ岳に遠いために硫黄の気がすこしもないことを知った。
彼は、そこを冬の間に開墾し、春が来れば麦を植えようと思った。が、差し当っては、漁《すなど》りと狩をするほかに、食料を得る道はなかった。
彼は、堅牢《けんろう》な唐竹を伐って、それに蔓《つる》を張って弓にした。矢は、細身の唐竹を用い、矢尻は鋭い魚骨を用いた。本土ならば、こうした矢先にかかる鳥は一羽もいなかっただろうが、この島に住んでいる里鳩《さとばと》、唐鳩《からばと》、赤髭《あかひげ》、青鷺《あおさぎ》などは、俊寛の近づくのをすこしも恐れなかった。半日、山や海岸を駆け回ると、運び切れないほどの獲物があった。
今までの彼は、狩はともかく、漁《すなど》りはむげ[#「むげ」に傍点]に卑しいことだと思っていた。ひたすらに都会生活に憧れていた彼は、そうしたことを真似てみようという気は起らなかった。が、現在の彼は、土人に習って漁りをしてみようと考えた。その頃の島は、鰻《うなぎ》を取る季節であった。永良部鰻《えらぶうなぎ》は、秋から冬にかけて島の海岸の暖かい海水を慕って来て、そこへ卵を産むのであった。土人は、海水の中に身を浸してそれを手捕りにした。俊寛も、それに習った。最初は、いくど掴《つか》んでも掴み損ねた。土人は、あやしい言葉で何かいいながら、俊寛をわらった。が、俊寛は屈しなかった。三日ばかりも、根よく続けて試みているうちに、魯鈍《ろどん》で、いちばん不幸な鰻が、俊寛の手にかかる。五日と経ち、七日と経つうちに、どんな敏捷な鰻でも俊寛の手から逃れることができなくなってくる。彼は、何十匹と獲《え》た鰻のあごに蔓を通し、それを肩に担ぐ。蔓が、肩に食い入るように重い。が、自分が獲ったのであると思うと、一匹だって、捨てる気はしない。小屋へ帰ってから、彼は小太刀で腹を割《さ》き、腸《わた》を去ってから、それを日向《ひなた》へ乾す。半月ばかり鰻を取っているうちに、小屋の周囲は乾した鰻でいっぱいになる。そのうちに、鰻の取れる季節は、過ぎ去ってしまう。そして、冬が来た。冬の間、俊寛は畑を作ることに、一生懸命になった。彼は、まず畑のために選定した彼の広闊《こうかつ》な土地へ、火を放った。そして、雑草や灌木《かんぼく》を焼き払った。それから、焼き残った木の根を掘返し、岩や小石を取去った。彼の鉞は、今度は鍬《くわ》の用をした。道具がないために、彼の仕事は捗《はかど》らなかった。土人の所に行けば、鍬に似たものがあるのを知っていた。が、報酬なしに土人が何物をも貸さないことを知っていた。が、彼の精根は、そうしたものに、すべて打ち克《か》った。冬の終る頃には、一町近い畑が、彼の力に依って拓《ひら》かれた。彼に今最も必要なことは、そこに蒔《ま》かねばならない麦の種であった。彼は、麦の種を土人が手放さないのを知っていた。彼は、それと交易《こうえき》する
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