ぎょうかく》な山になっているらしく、小川とか泉とかが、ありそうに思えなかった。それでも、激しい渇きは、彼を一刻もじっとしていさせなかった。彼は、寝ていた岩から、身を剥《は》がすようにして立ち上った。立ち上るとき、身体のもろもろの関節が、音を立てて軋《きし》るように思った。彼は、それでも這《は》うようにして、岸壁を降りることができた。彼は昼間(それは昨日であるのか一昨日であるのか分からなかったが)夢中で走った道を、二町ばかり引返した。彼は、昼間そこを走ったとき、榕樹《ようじゅ》が五、六本生えていて、その根に危く躓《つまず》きそうになったのを覚えていた。彼の濁ってしまっている頭の中でも、榕樹の周囲を探せば水があるかも知れないという考えが、ぼんやり浮んでいた。
 が、榕樹の生えている周囲を、海の水あかりで、二、三度探して回ってみたけれども、そこらは一面に唐竹《からたけ》が密生しているだけで、水らしいものは、すこしも見当らない。俊寛は、その捜索に残っていた精力を使いつくして、崩れるように地上へ横たわると、再び昏々として眠りはじめた。
 二度目に目が覚めたとき、それは朝だった。疲れ萎《しな》びている俊寛の頬にも、朝の微風が快かった。彼が目を開くと、自分の身体の上に茂り重っている蒼々《そうそう》たる榕樹の梢《こずえ》を洩れたすがすがしい朝の日光が、美しい幾条の縞《しま》となって、自分の身体に注いているのを見た。さすがに、しばらくの間は、清らかな気持がした。が、すぐ二、三日来の出来事が、悪夢のように帰ってき、そして激しい渇きを感じたので、彼はよろよろと立ち上った。それでも、縹渺《ひょうびょう》と無辺際《むへんざい》に広がっている海を、未練にももう一度見直さずにはいられなかった。が、群青色《ぐんじょういろ》にはろばろと続いている太平洋の上には、信天翁《あほうどり》の一群が、飛び交《こ》うているほかは、何物も見えない。成経や康頼を乗せた船が、今まで視野の中に止っているはずはなかった。
 彼が再び地上に身を投げたとき、身を焼くような渇きと餓えとが、激しく身に迫ってきた。
 彼は、赦免の船が来て以来、何も食っていないのだった。基康はさすがに彼をあわれがって、船の中で炊《かし》いだ飯を持って来てくれたのであるが、瞋恚《しんい》の火に心を焦《こが》していた俊寛は、その久しぶりの珍味にも目もく
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