う》は立派《りっぱ》だよ。」
と、例《れい》の身分《みぶん》のいい家鴨《あひる》はもう一|度《ど》繰返《くりかえ》して、
「まずまず、お前《まえ》さん方《がた》もっとからだをらくになさい。そしてね、鰻《うなぎ》の頭《あたま》を見《み》つけたら、私《わたし》のところに持《も》って来《き》ておくれ。」
と、附《つ》け足《た》したものです。
そこでみんなはくつろいで、気《き》の向《む》いた様《よう》にふるまいました。けれども、あの一|番《ばん》おしまいに殻《から》から出《で》た、そしてぶきりょうな顔付《かおつ》きの子家鴨《こあひる》は、他《ほか》の家鴨《あひる》やら、その他《た》そこに飼《か》われている鳥達《とりたち》みんなからまで、噛《か》みつかれたり、突《つ》きのめされたり、いろいろからかわれたのでした。そしてこんな有様《ありさま》はそれから毎日《まいにち》続《つづ》いたばかりでなく、日《ひ》に増《ま》しそれがひどくなるのでした。兄弟《きょうだい》までこの哀《あわ》れな子家鴨《こあひる》に無慈悲《むじひ》に辛《つら》く当《あた》って、
「ほんとに見《み》っともない奴《やつ》、猫《ねこ》にでもとっ捕《つかま》った方《ほう》がいいや。」
などと、いつも悪体《あくたい》をつくのです。母親《ははおや》さえ、しまいには、ああこんな子《こ》なら生《うま》れない方《ほう》がよっぽど幸《しあわせ》だったと思《おも》う様《よう》になりました。仲間《なかま》の家鴨《あひる》からは突《つ》かれ、鶏《ひよ》っ子《こ》からは羽《はね》でぶたれ、裏庭《うらにわ》の鳥達《とりたち》に食物《たべもの》を持《も》って来《く》る娘《むすめ》からは足《あし》で蹴《け》られるのです。
堪《たま》りかねてその子家鴨《こあひる》は自分《じぶん》の棲家《すみか》をとび出《だ》してしまいました。その途中《とちゅう》、柵《さく》を越《こ》える時《とき》、垣《かき》の内《うち》にいた小鳥《ことり》がびっくりして飛《と》び立《た》ったものですから、
「ああみんなは僕《ぼく》の顔《かお》があんまり変《へん》なもんだから、それで僕《ぼく》を怖《こわ》がったんだな。」
と、思《おも》いました。それで彼《かれ》は目《め》を瞑《つぶ》って、なおも遠《とお》く飛《と》んで行《い》きますと、そのうち広《ひろ》い広《ひろ》い沢地《たくち》の上《うえ》に来《き》ました。見《み》るとたくさんの野鴨《のがも》が住《す》んでいます。子家鴨《こあひる》は疲《つか》れと悲《かな》しみになやまされながらここで一晩《ひとばん》を明《あか》しました。
朝《あさ》になって野鴨達《のがもたち》は起《お》きてみますと、見知《みし》らない者《もの》が来《き》ているので目《め》をみはりました。
「一体《いったい》君《きみ》はどういう種類《しゅるい》の鴨《かも》なのかね。」
そう言《い》って子家鴨《こあひる》の周《まわ》りに集《あつ》まって来《き》ました。子家鴨《こあひる》はみんなに頭《あたま》を下《さ》げ、出来《でき》るだけ恭《うやうや》しい様子《ようす》をしてみせましたが、そう訊《たず》ねられた事《こと》に対《たい》しては返答《へんとう》が出来《でき》ませんでした。野鴨達《のがもたち》は[#「野鴨達は」は底本では「野鴨達に」]彼《かれ》に向《むか》って、
「君《きみ》はずいぶんみっともない顔《かお》をしてるんだねえ。」
と、云《い》い、
「だがね、君《きみ》が僕達《ぼくたち》の仲間《なかま》をお嫁《よめ》にくれって言《い》いさえしなけりゃ、まあ君《きみ》の顔《かお》つきくらいどんなだって、こっちは構《かま》わないよ。」
と、つけ足《た》しました。
可哀《かわい》そうに! この子家鴨《こあひる》がどうしてお嫁《よめ》さんを貰《もら》う事《こと》など考《かんが》えていたでしょう。彼《かれ》はただ、蒲《がま》の中《なか》に寝《ね》て、沢地《たくち》の水《みず》を飲《の》むのを許《ゆる》されればたくさんだったのです。こうして二日《ふつか》ばかりこの沢地《たくち》で暮《くら》していますと、そこに二|羽《わ》の雁《がん》がやって来《き》ました。それはまだ卵《たまご》から出《で》て幾《いく》らも日《ひ》の経《た》たない子雁《こがん》で、大《たい》そうこましゃくれ者《もの》でしたが、その一方《いっぽう》が子家鴨《こあひる》に向《むか》って言《い》うのに、
「君《きみ》、ちょっと聴《き》き給《たま》え。君《きみ》はずいぶん見《み》っともないね。だから僕達《ぼくたち》は君《きみ》が気《き》に入《い》っちまったよ。君《きみ》も僕達《ぼくたち》と一緒《いっしょ》に渡《わた》り鳥《どり》にならないかい。ここからそう遠《とお》くない処《とこ
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