しにせ》の格だ。これを除けば、東日本に於て目ぼしいものは米沢城に在る独眼竜、伊達政宗位だけだ。北条氏は、箱根の天嶮で、上方方面からの勢力をぴったりと抑えているのと、早雲以来民政に力を注いだ結果、此の身代を築き上げたのである。
 併し流石《さすが》の名家も、氏政の代になって漸《ようや》く衰退の色が見える。家来に偉いのが出ないのにも依るが氏政自身無能である。お坊っちゃんで、大勢を洞察する頭のないお山の大将だからである。
 或る時、若年の氏政が、戦場に在った。恰《あだか》も四月末だったので、百姓が麦を刈り取って馬に積み、前を通った。すると氏政は側近の者に、あれで直ぐ麦飯を作って持って来いと命じた。ところが、此の時は武田信玄と両旗であったと見え、同席している信玄が、流石に氏政は大身である、百姓の事は知らないのも無理はないが、麦は乾かしたり搗《つ》いたりしなければ、飯には炊《た》けないと云って説明した。
 信玄のことだから、恐らく腹の中では嘲《わら》って居たことであろう。
 氏政の頭は、こんな調子である。それだけに名君の誉ある父の氏康の心痛は思いやられる。氏康は川越の夜戦に十倍の敵を破り勇名を轟
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