ば寂しいとも思いませんでした。それにセエラは、美しい物語を自分で作って、自分で語り聞かせるのが好きでした。時には、それを父に話して聞かせることもありました。父もセエラ同様、その物語を喜んで聞きました。
「ねえ、お父様。」セエラは馬車の中でそっといい出しました。「もうここに来たのなら、諦めなければならないわねエ。」
父はセエラがあまりませたことをいうので、笑って、そして彼女に接吻《キス》しました。父はその実ちっとも諦めてはいなかったのでしたが、セエラにそうと知らしてはならないと思いました。妙におどけた小さいセエラは、父にとってこそ、なくてはならぬ伴侶《みちづれ》だったのです。印度の家へ帰っても、セエラがあの白い上衣《うわぎ》を着て迎えに出て来ないのだとしたら、どんなに寂しいだろう、とクルウ大尉は思わずにはいられませんでした。父は娘をしかと抱き寄せました。馬車はその時陰気な街筋へがらがらと入って行きました。そこに二人の目ざす家があったのでした。
その街並は、皆大きな陰鬱《いんうつ》な煉瓦建《れんがだて》でした。その一つの家の、正面の扉の上に、真鍮《しんちゅう》の名札が輝いていました。そ
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