ンス人の女中を傭《やと》って下すったのは、あなたにフランス語の勉強を特にさせたいお考えからだと思いますが。」
 セエラは少しもじもじしました。
「あの、お父様があの方を傭って下すったのは――あの、お父様が、私あの方が好きとお考えだったからでしょう。ミンチン先生。」
「どうも、あなたは‥‥」とミンチン先生は少し意地の悪い薄笑いを浮べました。「大変甘やかされていたとみえて、何でも好きだから人がして下さると考えているようですね。私の考えでは、お父様はあなたにフランス語を勉強させたいのだと思いますがね。」
 セエラはただ黙って頬を紅らめました。かたくなな先生は、セエラなどはフランス語を何一つ知っているはずがないと思いこんでいるらしいのでした。が、実はセエラは、フランス語を知らない時はなかったようなものでした。セエラの母はフランス人でした。父は母の国の言葉が好きでしたので、母がセエラを生んで亡くなってしまった後も、よく赤ん坊のセエラにフランス語で話しかけたものでした。で、セエラも自然幼い時からフランス語は聞きなれていたのでした。が、ミンチン先生にそういわれると、先生の思い違いを矯《ただ》すのは失
前へ 次へ
全250ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング