彼女のポケットには、余分にもらったお菓子がありました。いかにも満腹そうです。そして暖かそうでした。彼女のお腹を充《みた》し、身体を暖めてくれたのは、お菓子や火ばかりではありません。お菓子でも火でもなく、ベッキイを養い暖めてくれたものは、もちろんセエラでした。
ベッキイが出て行ったあと、セエラは、テエブルの端に腰を下し、椅子の上に脚をのせ、脚に肱をついて、それに顎をのせました。
「もし、私がほんとうの宮様《プリンセス》だったら、私は人民に贈物《おくりもの》を撒《ま》きちらすことが出来るんだけどな。宮様《プリンセス》のつもりになっただけでも、皆さんのためにしてあげられることは、いろいろあるわ。たとえば、ベッキイをいい気持にしてやるということは、贈物をするようなものだわ。私は、これから人をよろこばすことは、贈物をするのと同じだというつもり[#「つもり」に傍点]になろう。そうすると、私は今、ベッキイに一つの贈物をしたばかりだということになるのね。」
六 ダイヤモンド鉱山
セエラがベッキイと近づきになってからしばらくの後、心を躍《おど》らすようなことが起りました。セエラ自身胸を躍らしたばかりでなく、学校中の生徒も胸を躍らして、それから何週間もの間、寄ると触ると、その話ばかりしていたというほどの事でした。それは、クルウ大尉からセエラへ来た手紙の中に書いてあったのでした。ある日、クルウ大尉の同窓生の一人が、印度に訪ねてきて、現在採掘中のダイヤモンド鉱山が、順調に行けば非常な利益を挙げることになるので、クルウ大尉もこの事業の仲間入りをしてはどうかと、勧めたのだそうでした。何かほかの事業でしたら、セエラ初め学校の中の少女達は、どんなにお金が儲かるにしても、あまり気にとめずにすんだでしょうが、ダイヤモンドの鉱山だというので、『アラビアン・ナイト』を聞いた時のように、耳を聳《そばだ》てたのでした。
セエラはそのことで夢中になりました。で、アアミンガアドやロッティに説明するため、地の底の迷園のような道を描いて見せたりしました。その穴道の中では、黒ん坊が、そこら中に光っている宝石を掘り出しているのでした。
ラヴィニアは、その話をせせら笑って、ジェッシイにいいました。
「私のお母さんは、四百円もするダイヤモンドを持ってるのよ。でも、それだってそんな大きい石じゃアないのよ。それなのに、ダイヤモンドの山なんか持ってる人があるとすれば、お金がありすぎて莫迦げて見えるわ。」
「セエラさんは、莫迦げたほどのお金持になるのかもしれないわね。」
「あの子は、お金があったって、なくたって、莫迦げた子じゃアないの。」
「あなた、セエラが嫌いらしいのね。」
「嫌いじゃアないわ。でも、ダイヤモンドの鉱山があるなんて、私信じられないわ。」
「山がないとすると、ダイヤモンドはどこから採《と》ってくるのでしょうね。」ジェッシイはくすくす笑いながらいいました。「あなた、ガアトルウドが、何といったとお思いになる?」
「知らないわ。セエラのことなら、もう聞かないでもいいことよ。」
「ところが、やっぱりセエラのことなのよ。あの人、この頃|宮様《プリンセス》のつもり[#「つもり」に傍点]ってのも始めたんですって。アアミンガアドにも、プリンセスのつもりになれっていうんだそうよ。でも、アアミンガアドは、宮様《プリンセス》にしては肥《ふと》りすぎているから駄目だっていってるのよ。」
「あの子は、ほんとに肥っちょね。そして、セエラは痩《や》せっぽちときているわ。」
ジェッシイは吹き出しました。
「セエラは、そのつもりになるためには、顔とか持物とかは、どんなでもかまわないっていうのよ。何を考え、何をするかということが、かんじんなんですって。」
「きっとあの人は、自分が乞食《こじき》であっても、宮様《プリンセス》になれると思ってるんでしょうよ。これから、セエラを『殿下』と呼んでやりましょうか。」
煖炉《ストーブ》の前で、ラヴィニアがまだしゃべっている所へ、戸が開いて、セエラがロッティと一緒に入って来ました。ロッティはまるで小犬のように、セエラの行く所へはどこにでもついて行くのでした。
「ほら、セエラが来た。またあのいやな子を伴れて。」ラヴィニアは小声でいいました。「そんなに可愛いなら、自分の部屋の中に飼っとけばいいじゃないの。いまにまたきっと吠え出すことよ。」
ロッティは果して、何程もたたないうちに吠え出しました。セエラはその時、窓のそばでフランス革命の本を、夢中になって読んでいたのでした。で、ロッティの喚き声を聞いて、夢から覚まされた時には、さすがにいやな気持がしました。本の好きな人は、誰でもそうでしょうが、セエラは読書の邪魔をされると、妙に腹が立ってならない性質でした。
前へ
次へ
全63ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング