忍び笑いをしました。
 セエラは先生のいうことを聞いていたわけではありませんでしたが、青鼠色の眼でじっと先生を見ていると、何となくくわっとして来るのを覚えました。先生がお金のことを話していると知ると、私はあの先生が好きだったためしはないというような気持になりました。子供のくせに、大人を憎むなんて、生意気なことだとは解っていましたが。――
 ミンチン女史は訓話を続けました。
「クルウ大尉が、セエラさんを印度から伴れて来て、私に預けた時、大尉は戯談《じょうだん》らしくこういわれました。『先生、私はこの娘が近い将来に大変な成金になるのだと思うと心配です。』で、私は大尉にこうお答え申し上げたのです。『私の教育は、お嬢様の財産の飾りとなるようなものでなければなりますまい。』と。今セエラさんは、学校中で一番よくお出来になる生徒さんです。セエラさんのフランス語や舞踏は、学校の誇《ほこり》と申さねばなりません。それにセエラさんのお行儀は、プリンセス・セエラと呼ぶにふさわしいほど、非の打ちどころがありません。セエラさんは今日、皆さんに対する愛情のしるしとして、このお茶の会を開くことになさったのです。皆さんはセエラさんの物惜しみしない気持を、きっとうれしくお思いになることと存じます。そのしるしに皆さん、大きい声で『セエラさん、ありがとう。』と仰しゃって下さい。」
 皆は、いつかセエラが初めて来た時のように、いっせいに立ち上って、
「セエラさん、ありがとう。」といいました。ロッティなどは、いいながら高く飛び上ったほどでした。セエラは羞《はずか》しそうにもじもじしていましたが、やがて裾をつまんで、優雅な礼をしました。
「皆さん、ようこそお出で下さいました。」
「セエラさん、よく出来ました。」とミンチン先生は褒めました。「まるで宮様《プリンセス》が人民から『万歳』をあびせかけられた時とそっくりです。ラヴィニアさん、今あなたは鼾《いびき》のような声をたてましたね。セエラさんが嫉《ねた》ましいのなら嫉ましいで、もう少し上品に、嫉ましさを表したらいいでしょう。さ、皆さんは何でも好きなことをしてお遊びなさい。」
 先生の背後《うしろ》に扉《ドア》が閉されるや否や、少女達はまるで呪文を解かれたように、椅子から飛び出して、箱の周囲《まわり》に駈け集りました。セエラもうれしそうに、箱の一つを覗きました。

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