と、幾十日目かで思わず笑い出しました。
「あの子は一年ごとに面白くなってくる。神様、どうかこの仕事がひとりでに片付いて、私が自由にあの子の所へ飛んで行けるようにして下さい。たった今、あの子の腕が私の首にまきついてくるとしたら、そのためには何でもあげる。どんなものでもあげる。」
セエラのお誕生日は、大げさに祝われることになりました。贈物の函は、飾った教室で、皆の目の前で開けられ、その後で、ミンチン先生のお部屋で御馳走《ごちそう》があるはずでした。その日が来ると学校の中は妙にそわそわとしておりました。朝の中《うち》は皆夢中になって飾りつけをしました。
その朝、セエラが居間に入って行くと、テエブルの上に、褐色の紙に包んだ、小さなふくれ上ったものが置いてありました。誰から贈られたのだか、セエラにはたいていわかっていました。そっとといてみると、中は針さしでした。あまり美しくもない赤フランネルに、黒いピンが『お目出度《めでと》う』という字の形に並んでささっていました。
「一生懸命こしらえてくれたのだわ。あんまりうれしくて、何だか悲しいような気がするわ。」
が、針さしの下に着けてある名刺を読んだ時には、セエラは何だか狐につままれたような気がしました。名刺にはきれいな文字で、『ミス・アメリア・ミンチン』と書いてありました。
「アメリアさんですって? そんなはずはないわ。」
セエラが名刺を見ながら、そういっているところへ、扉《ドア》をそっと押して、ベッキイが顔を出しました。
「それ、お気に入って? お嬢様。」
「気に入らないはずがあるものですか。ベッキイさん、あなた何から何まで自分で作って下すったのね。」
ベッキイは神経的《ヒステリック》に、しかしうれしそうに、鼻先で笑いました。眼はうれしさのあまり潤んでいました。
「フランネルの古切なんですけどね、お嬢様に何かさし上げたいと思って、幾晩も幾晩もかかってこさえたんですの。お嬢様はきっとそれを、繻子《しゅす》の地へダイヤモンドのピンがささったつもり[#「つもり」に傍点]になって下さると思ったから。わたしだって、そのつもりでこさえていたのよ。それから、その名刺はねえ、お嬢様。それ、私|塵箱《ごみばこ》から拾って来たんだけど、いけなかったかしら? アメリアさんが棄てた名刺なの。わたし、名刺なんて持ってないし、名刺がなくちゃアほんと
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