、首領らしい男はなるほどと云うように、うなずいていた。
 そこで、解散したが、男が家に帰って見ると、湯などわかしてあり、食物も用意してあって、歓待してくれた。こんな生活をしている内に、男はだんだん女がいとしく別れがたくなって、自分が悪事を働いているということさえ、気にならなくなった。そして、五度十度と仕事に加わった。刀を持って内へ押入《おしい》る組になったり、弓を持って外で立番する組にもなった。どちらの組に加っても、相当な働きをした。すると、女がある日、一つのかぎをくれて、烏丸《からすま》より東、六角より北のこういう所に行くと、蔵が五つある。その蔵の南から二番目のを、このかぎで開けなさい。いろいろ品物がはいっているから、その中で気に入ったものを運んでいらっしゃい。その近所には、かし車屋があるから、それを頼《たの》んだがよいと云った。云われる通りの蔵を見つけて開けて見ると、ほしいと思うものが、充満《じゅうまん》していた。それを運んで来て、平生使っていた。
 こんなにして、一年以上過ぎた頃である。その女がある日、いつになく心細気な顔をして涙《なみだ》ぐんでいる。どうしたかといって訊くと、(あなたと本意なく別れるようになるかもしれない)と、云うのである。どうして、今そんな事を云うのかときくと(いや世の中と云うものはそうしたものである)と答えた。男は、ただ口先だけで云うことだとあまり気に止めていなかったが、それから数日して、例のように供人を連れ、馬に乗って外出した。外出先で一泊して、あくる日帰ろうとすると、いつの間にか馬も供人も居なくなっている。驚《おどろ》き怪《あや》しんで家に帰って見ると、その家は焼き払《はら》われて、三人の女は影《かげ》も形もない。六角の北の蔵の所へ行って見たが、その家もすっかりとりこわされていた。男は初めて女のいったことが思い合わされた。その後、男は結局習い覚えた強盗を働いて世を送っている内、捕《とら》えられて、この話を白状したのである。その男がつけ足していうには、あの小男の首領らしい男は結局自分が連れ添《そ》っていたあの女であったらしい。同棲《どうせい》していた当時は、お互《たがい》にその事には、一言もふれなかったが、後で考え合わせると、そうらしいというのである。



底本:「悪いやつの物語〈ちくま文学の森8〉」筑摩書房
   1988(昭和63)年8月29日第1刷発行
底本の親本:「筑摩現代文学大系 27 菊池寛・広津和郎集」筑摩書房
   1977(昭和52)年10月
初出:「新大阪新聞」
   1947(昭和22)年
入力:内田いつみ
校正:noriko saito
2009年9月10日作成
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