は前よりもほめ感じて、いろいろ介抱《かいほう》してくれた。四、五日してから、また同じように打ってから、その次ぎには、背中でなく、腹の方を打った。
それにも辛抱《しんぼう》すると、女はいろいろいたわってくれたが、十日ばかりして、笞のあとがすっかり回復したころ、ある夜、女は男に水干袴と立派な弓、やなぐい、すねあて、わらぐつなどを与えて、装束させてからいった。(これから蓼中《たでなか》の御門《みかど》に行って、そっと弦打《つるうち》(弓のつるをならすことである)をして下さい。すると、誰《だれ》かがそれに答えて弦打をするでしょう。そうしたら、口笛《くちぶえ》を吹《ふ》いて下さい。すると、またそれに答えて誰かが口笛を吹くでしょう。そして、人が寄って来て「誰か」といって訊くでしょうから、ただ「来ている」と、だけ返事をして下さい。そして相手の連中の行くところへいっしょに行って下さい。そして、立っていろというところに立っていて人などが出て来て妨《さまた》げなどする場合はよく防いで下さい。仕事が了《おわ》ると、舟岡山《ふなおかやま》の方へ引き上げて、そこで何か命令が出るでしょう。しかし、物を配分することがあっても、あなたは取らないで下さい。)
女は、こまごまと注意を与えてから、男を出してやった。
男が蓼中の御門へ行って見ると、自分と同じような姿をした者が二十人ばかりいた。それとは別に、首領らしい男が一人離れて立っていたが、色白く小柄《こがら》な男であるがこの男の前に皆|畏《かしこま》っていた。外《ほか》に、手下らしい下人が二、三十人ばかりいた。そこでいろいろ命令を出してから、皆打揃って京の町へ入ってある大きな家を襲《おそ》った。その前にその近所にある目ぼしい援兵《えんぺい》でも出しそうな家に対して、二、三人ずつ人を分けて警戒《けいかい》させた。その男も、その警戒の人数の中に加えられた。残りの人数は、みな目的の家に押し入った。その男が、警戒していた家からも、物音をききつけて、得物《えもの》を持って四、五人走り出ようとしたのを、男はよく戦って射すくめてしまった。
六
その家の品物を盗《ぬす》み了ると、一行は舟岡山へ引き取ってそこで品物を各自に分配してくれたが、その男は女に云われた通り、自分は見習いのためについて来たのだから、物はいらないと云って、辞退した。すると、首領らしい男はなるほどと云うように、うなずいていた。
そこで、解散したが、男が家に帰って見ると、湯などわかしてあり、食物も用意してあって、歓待してくれた。こんな生活をしている内に、男はだんだん女がいとしく別れがたくなって、自分が悪事を働いているということさえ、気にならなくなった。そして、五度十度と仕事に加わった。刀を持って内へ押入《おしい》る組になったり、弓を持って外で立番する組にもなった。どちらの組に加っても、相当な働きをした。すると、女がある日、一つのかぎをくれて、烏丸《からすま》より東、六角より北のこういう所に行くと、蔵が五つある。その蔵の南から二番目のを、このかぎで開けなさい。いろいろ品物がはいっているから、その中で気に入ったものを運んでいらっしゃい。その近所には、かし車屋があるから、それを頼《たの》んだがよいと云った。云われる通りの蔵を見つけて開けて見ると、ほしいと思うものが、充満《じゅうまん》していた。それを運んで来て、平生使っていた。
こんなにして、一年以上過ぎた頃である。その女がある日、いつになく心細気な顔をして涙《なみだ》ぐんでいる。どうしたかといって訊くと、(あなたと本意なく別れるようになるかもしれない)と、云うのである。どうして、今そんな事を云うのかときくと(いや世の中と云うものはそうしたものである)と答えた。男は、ただ口先だけで云うことだとあまり気に止めていなかったが、それから数日して、例のように供人を連れ、馬に乗って外出した。外出先で一泊して、あくる日帰ろうとすると、いつの間にか馬も供人も居なくなっている。驚《おどろ》き怪《あや》しんで家に帰って見ると、その家は焼き払《はら》われて、三人の女は影《かげ》も形もない。六角の北の蔵の所へ行って見たが、その家もすっかりとりこわされていた。男は初めて女のいったことが思い合わされた。その後、男は結局習い覚えた強盗を働いて世を送っている内、捕《とら》えられて、この話を白状したのである。その男がつけ足していうには、あの小男の首領らしい男は結局自分が連れ添《そ》っていたあの女であったらしい。同棲《どうせい》していた当時は、お互《たがい》にその事には、一言もふれなかったが、後で考え合わせると、そうらしいというのである。
底本:「悪いやつの物語〈ちくま文学の森8〉」筑摩書房
1988(昭和63
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