へ姿をかくすなど、奇怪至極《きっかいしごく》であると思ったが、深夜であるし、処置の方法がない。それで、仕方なく引き上げたが、あくる朝起き出ると、すぐに四条大宮へ行って官邸の西の門あたりを調べて見た。すると、塀《へい》にかすかではあるが、血の痕《あと》がついている。昨夜の男が官邸にはいったに違いないと思って、家へ帰ると主人に詳《くわ》しく報告した。すると、主人は検非違使の長官とは割合|懇意《こんい》であったので、すぐ出向いてその事を長官に話した。長官は驚《おどろ》いて家の中を捜索《そうさく》した。すると、例の血痕《けっこん》が北の対《たい》(離《はな》れ座敷《ざしき》)の車宿(車を入れておく建物)にこぼれているのが分った。北の対と云えば、官邸に使われている女中達の宿である。きくと、女中の誰《だれ》かが強盗をかくしているに相違《そうい》ないと云うので、女中を一々呼び出した。すると、その中に大納言|殿《どの》と云われる上席の女中がいたが、それが風邪気味《かぜぎみ》だと云って、出て来ない。それを、たとい人に負われてもよいから出て来いと云ったので、仕方なく出て来た。呼び出しておいてから、その局《つぼね》をさがして見ると、血のついた小袖《こそで》が出て来た。怪《あや》しいと云うので、床板《ゆかいた》をめくって見るとさまざまの物をかくしてあった。訴人《そにん》の男の云う通り緋の緒《お》でくくった袴も、長刀も出て来た。その外に、一つの古い仮面が出て来た。その仮面をかぶって男装《だんそう》して、指揮していたらしい。党類を責めとうたがどんなに、責められても白状しなかった。長官は、自分が使っていた女中が強盗を働いていたのを謝罪する意味もあったのであろう。白昼に、牢獄《ろうごく》へ護送した。たいへんな見物であった。その頃《ころ》の女はきぬかずきと云う面被《おもておおい》をつける例であったが、それをぬがせて、諸人に顔を見せた。二十七、八ばかりのほそやかな身体《からだ》つき、髪《かみ》なども美しいよい女であった。
三
これも女強盗の話である。時代は分らない。ある失業した侍《さむらい》(貴族に仕える男、後世の侍ではない)が、あった。年は、三十ばかりで、背丈も高く、少し赤ひげであるが立派な男であった。ある日の夕暮《ゆうぐれ》、京の町を歩いていると、ある家の半《は》じとみ(小窓)
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