マニスチックである。氏の作品の表面には人道主義などというものは、おくびにも出ていない。が、本当に氏の作品を味読《みどく》する者にとって、氏の作品の奥深く鼓動する人道主義的な温味を感ぜずにはいられないだろう。世の中には、作品の表面には、人道主義の合言葉や旗印が山の如く積まれてありながら、少しく奥を探ると、醜いエゴイズムが蠢動《しゅんどう》しているような作品も決して少くはない。が、志賀氏は、その創作の上において決して愛を説かないが氏は愛を説かずしてただ黙々と愛を描いている。自分は志賀氏の作品を読んだ時程、人間の愛すべきことを知ったことはない。
氏の作品がリアリスチックでありながら、しかも普通のリアリズムと違っている点を説くのには氏の短篇なる「老人」を考えて見るといい。
これは、もう七十に近い老人が、老後の淋しさを紛《まぎ》らすために芸者を受け出して妾に置く。芸者は、若い者に受け出されるよりも老先の短い七十の老人に受け出される方が、自由になる期が早いといったような心持で、老人の妾になる。最初の三年の契約が切れても老人はその妾と離れられない。女も情夫があったが、この老人と約束通りに別れる事
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