郎信輝の股に当った位だ。後年、人呼んで此の傷を左衛門|疵《きず》と云った。池田と酒井とは、前夜信長の前で、家康を先陣にするかしないかで議論をし合った仲なのだ。其の時酒井は、「兎角の評議は明日の鑓先にある」と云って別れて帰った。だから酒井の長刀が池田の股に当ったことは二人とも第一戦に立って奮戦していたわけで、双方とも前夜の言葉に違《たが》わなかったわけで、「ゆゆしき振舞いかな」と人々感じあったと云う。
 浅井勢の中に於て、其の壮烈、朝倉の真柄直隆に比すべきものは、遠藤喜右衛門尉だ。喜右衛門の事は前にも書いてあるが、喜右衛門は、単身信長に近づいて差違えるつもりであった。彼は首を提《さ》げて血を以って面《おもて》を穢《けが》し髪を振り乱し、織田勢に紛れ込み、「御大将は何処《いずこ》に在《おわ》しますぞ」と探し廻って、信長のいるすぐ側迄来たところ、竹中半兵衛の長子久作|之《これ》を見とがめ、味方にしては傍目《わきめ》多く使うとて、名乗りかけて引き組み、遂に遠藤の首をあげた。久作、かねて朋友に今度《このたび》の戦、我れ必ず遠藤を討取るべしと豪語していた。友人が其の故を問うと、久作曰く、「我れ且て
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