て居る。恰も此の辺は沼沢地であり、走るに不便だ。追うこと暫くして、其の間半町、将《まさ》に賊将を獲んとした時、賊将|上山《かみやま》六郎左衛門、猝《いつわ》って師直の身代りになって討死した。
その為に大分暇をとった。それでも執拗に追撃の手をゆるめなかったが、突然敵方に強弓の一壮漢が現れた。九州の住人、須々木《すずき》四郎と名乗って雨の如く射かけたから堪らない。
楠次郎は眉間をやられ、正行も左右の膝口三ヶ所、左の眼尻を深く射抜れた。
午後四時頃であろう。野崎の原頭《げんとう》、四条畷には群像の如き三十余騎の姿が、敵軍に遠く囲まれながら茫然として立ちすくんで居る。長蛇を逸した気落ちが、激戦三十余合で疲労し切った身体から、総ての気力を奪い去って居る。
飯盛|颪《おろし》に吹き流される雲が、枯草が、蕭条《しょうじょう》として彼等の網膜に写し出され、捉える事の出来ない絶望感が全身的に灼《や》きついて来たのであろう。
正行は、「嗟《ああ》、我事終れり」と嘆じて、弟正時と相刺し違えて死んだ。相従う十三余士、皆|屠腹《とふく》して殉じた。
正行戦死の報が京都に達すると、北朝では歓呼万歳を唱
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