んだ。
「両手でもまだ安いわ。右の足も所望じゃ。右の足を切ったなら、命だけは助けよう」といった。生きた埴輪《はにわ》のように血の中に座らされている右衛門の顔は、真蒼になりながら泣き続けている。しかし緊張した神経には刑部の言葉はわかったのであろう。彼は切れぎれに「命ばかりは助けて下され」といった。刑部の君臣はまたどっとあざわらって、この人間の最高にして至純たる欲求を侮辱した。大刀取りは左の手で右衛門の身を上へ持ち上げるようにして右足を剪《そ》いだ。太刀が余って左足へ半分斬り込んだ。
「右衛門、それでも命が助かりたいか」と刑部がいった。しかしもう右衛門には聞えなかったらしい。太刀取りは右衛門の耳に口を寄せて、
「命が惜しいか」といった。右衛門は口をもぐもぐさせた。その時、刑部は「それ」と目配せをした。太刀取りは四度太刀を振り直して、えいと首を刎《は》ねた。首は砂の上を二、三尺ころころと転げて、止まった所で口をもぐもぐさせた。肺臓と離れていなかったら、きっと「命が惜しゅうござる」といったに違いない。
 戦国時代の文献を読むと、攻城野戦英雄雲のごとく、十八貫の鉄の棒を苧殻《おがら》のごとく振り
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