付けることを忘れませんでした。この被告については、村の村長を筆頭として、百五十名が連署した嘆願書が出ていたほどですから、当人をはじめ、一村|挙《こぞ》って小躍りして欣びました。
まだ、こんな事件を数えるなら、いくつもありましょう。若杉裁判長としても、刑法の涙ともいうべき執行猶予の恩典を十分に利用して、どちらかといえば、機械的《メカニカル》に失しやすい法律の運用に、一味の人情味を加えるということは、裁判官としても、愉快なことであるに違いありません。
そうしたわけで、五万以上も人口のあるこの△△△市で、若杉裁判長といえば、名裁判長として令名が嘖々《さくさく》たるものでありました。
が、若杉さんの令名が、頂上に達した頃でしょう。次にお話しするような、事件が起りました。誰でも、一度か二度かは、地方の新聞紙で見たことがあると思いますが、関西地方には、しばしば起る、あの「中学生のジゴマ」という事件です。これは活動写真の悪影響の一つだといって、世の識者たちが活動写真を非難する材料の一つとしているようですが、ちょうど△△△市にも、「中学生のジゴマ事件」が起って市民の目をそばだてしめました。しかも
前へ
次へ
全22ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング