ました。おそらく、同僚が皆それぞれ獲物を連れて帰るのに、自分一人、手ぶらで帰るのは、この刑事にとってはちょっと不快なことであったのに相違ありません。なんでもいいから、ともかくも、一人縛って帰ろうという、悪い了見らしかったのです。青年は、相手が刑事だときくと少したじたじとしたようでしたが、それでも威勢よく反抗していました。が、力において勝った刑事は、難なく青年の右の手に捕縄をかけて、とうとう引っ張って行くじゃありませんか。おそらく、職務執行妨害とでもいうような罪名で、ともかくも、警察へ拉《らっ》して行こうという肚らしいのです。しかも若杉さんたちの立っていたところから、二、三間離れたところへ引きずって行ってから、顔を二つ三つひっぱたいたらしい、音さえきこえたそうです。おそらく、こんな刑事の乱暴は、現代の進歩した警察制度の下では、決して行われてはおりますまい。が、若杉さんの高等学校時代、即ち今から十数年前では、明らかに行われていたことに相違ありません。
 多感《センシティブ》な青年であった若杉さんが、これを見て極度に憤慨したのも、無理はありません。人権の蹂躪、人間に対する侮辱、それは正義の観
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