。怖ろしい格闘が起った。力において劣ったイワノウィッチは、敵のために、力いっぱい首筋を絞めつけられながら、ドアにぐいぐいと押さえつけられた。ダシコフは、もう自分の完全な勝利を信じていた。
「どうだ! わしは自分の命令を、完全に遂行する力を持っているのだ。本当の力を持っているのだ」彼はやや息を切らしながら、こう叫んだ。そして完全にイワノウィッチを室外に放逐するための、最後の努力をしようとしていた。その瞬間である、偶然自由を得たイワノウィッチの右の手は、自分の腰に吊した拳銃の革袋を探っていたのである。
 ちょうどダシコフが、イワノウィッチを室外に引きずり出した時、奇妙に押し潰されたような拳銃の音が響いたかと思うと、大きいダシコフの身体がよろよろと室内に転げ込んだまま、激しい音をさせながら、そこに、へたばってしまった。そしてすぐそれを追うように、これもよろよろとしたイワノウィッチの蒼白《まっさお》な顔が現れた。イワノウィッチは、しばらくは、ダシコフのびくびくする四肢を、見つめながら茫然と立っていた。ダシコフの上着についた血のにじみが、みるみるうちに大きく広がっていく、蒼白に変っていく大尉の顔
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