菊池寛

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)摂津《せっつ》半国の主であった

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三間|柄《え》の大身の鎗の
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 摂津《せっつ》半国の主であった松山新介の侍大将中村新兵衛は、五畿内中国に聞こえた大豪の士であった。
 そのころ、畿内を分領していた筒井《つつい》、松永、荒木、和田、別所など大名小名の手の者で、『鎗《やり》中村』を知らぬ者は、おそらく一人もなかっただろう。それほど、新兵衛はその扱《しご》き出す三間|柄《え》の大身の鎗の鋒先《ほこさき》で、さきがけ殿《しんがり》の功名を重ねていた。そのうえ、彼の武者姿は戦場において、水ぎわ立ったはなやかさを示していた。火のような猩々緋《しょうじょうひ》の服折を着て、唐冠|纓金《えいきん》の兜《かぶと》をかぶった彼の姿は、敵味方の間に、輝くばかりのあざやかさをもっていた。
「ああ猩々緋よ唐冠よ」と敵の雑兵は、新兵衛の鎗先を避けた。味方がくずれ立ったとき、激浪の中に立つ巌のように敵勢をささえている猩々緋の姿は、どれほど味方にとってたのもしいものであったかわからなかった。また嵐《あらし》のように敵陣に殺到するとき、その先頭に輝いている唐冠の兜は、敵にとってどれほどの脅威であるかわからなかった。
 こうして鎗中村の猩々緋と唐冠の兜は、戦場の華《はな》であり敵に対する脅威であり味方にとっては信頼の的《まと》であった。
「新兵衛どの、おり入ってお願いがある」と元服してからまだ間もないらしい美男の士《さむらい》は、新兵衛の前に手を突いた。
「なにごとじゃ、そなたとわれらの間に、さような辞儀はいらぬぞ。望みというを、はよういうて見い」と育ぐくむような慈顔をもって、新兵衛は相手を見た。
 その若い士《さむらい》は、新兵衛の主君松山新介の側腹の子であった。そして、幼少のころから、新兵衛が守り役として、わが子のようにいつくしみ育ててきたのであった。
「ほかのことでもおりない。明日はわれらの初陣《ういじん》じゃほどに、なんぞはなばなしい手柄をしてみたい。ついてはお身さまの猩々緋と唐冠の兜を借《か》してたもらぬか。あの服折と兜とを着て、敵の眼をおどろかしてみとうござる」
「ハハハハ念もないことじゃ」新兵衛は高らかに笑った。新兵衛は、相手の子供らしい無邪気な功名心をここ
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